画像: #36 クリスマスの夜の作戦会議

誕生日プレゼントに、家族みんなで、ディズニーに行くことを所望する!

そうおっしゃる娘の言葉にしたがい、先日、東京ディズニーシーに家族5人で行ってきました。我が家の家族旅行といえば、ディズニーでお泊まりと決まっています。まだ子どもたちが小さかった時にオープンし、近場だけど特別感のある東京ディズニーシーは、楽しい思い出の詰まった場所。あともう1点、「東京ディズニーランドは酒が飲めない」と、麻ちゃんが却下するので、結果的に東京ディズニーシーになっちゃうんですけどね。

「しかしまぁ、娘もずいぶん大きくなったなぁ」と、感慨もひとしお。一緒に暮らすようになった時は、まだ園児で、血の繋がっていない娘とは、本当にいろいろありました。時に “もう本当に無理なのでは?” と心折れる瞬間も一度や二度ではありませんでした。ずっと私一人でもがいている気がしていたけれど、娘もまた葛藤し、試行錯誤し、乗り越えてくれたことが、だんだん分かってきました。そんな娘の誕生日。帰国していた上の子も一緒に、家族みんなでまた来られたことが、しみじみとうれしい一日でした。

さて、今回は「訴訟の原告、やります!」と、麻ちゃんが元気よく挙手をしてからの話です。それから間もなく、別の弁護士事務所に呼び出されました。いつもはバラバラに行動する私たちですが、この時は珍しく駅で待ち合わせて向かいました。やけに大きな音のチャイムを鳴らすと、扉の向こうに顔見知りの弁護士さんが数人。早速、今回の訴訟についての話が始まりました。

婚姻の平等を社会に大きく問いかける訴訟として、地方裁判所のある東京、大阪、札幌、名古屋の4ヵ所での一斉提訴を考えていること。また、その地域に暮らす十数組の同性カップルを原告に予定していて、最終調整中だということなど……。

「そんな大きな訴訟になるとは!」

改めてびっくりしました。私たちが加わる東京チームがもっとも人が多いらしく、名前は伏せられていましたが、知り合いもいる模様です。

説明してくれたNさんは、おそらく日本で初めてゲイであることを公にした弁護士さんです。’90年代にLGBTの人たちが、初めて大きく法廷で争った「府中青年の家裁判」というものがありました。N さんはその裁判をきっかけに弁護士になった方で、それまでは “LGBTの人はイロモノ扱いされて当然” といった風潮だったのが、裁判で勝訴した途端にガラッと変わったのを目の当たりにしたそうです。常に穏やかなNさんは、物静かな笑顔で淡々と壮大な話を続けます。

※1990年2月、動くゲイとレズビアンの会(通称:アカー、occur)が東京都・府中青年の家での合宿利用中に、他団体による差別・嫌がらせを受け、施設側に善処を求めたが適切な対応がなされず、さらに以後の利用を拒否されたことに対する訴訟)」

「この裁判は、長いものになることを覚悟してください」

地方裁判所で決着がつかなければ高等裁判所、さらには最高裁判所まで上告することになるかもしれない。そうなると5年はゆうにかかる、長い長い闘いになるだろう。それは想像よりも、ずっと厳しい闘いになるという宣告でした。

「今回の訴訟は、単なる訴訟ではなく、同性愛者の人たちの尊厳そのものを問う、社会的なものでありたいと思っているのですが、お二人は、その辺はいかがですか?」

いつもはニコニコと柔和なNさんの目が、静かに燃えていました。

「そのためにも、我々も弁護士費用はいただきません。そして、訴訟は損害賠償請求の形を取るしかないので、慰謝料として一人100万円を形式上求めてはいますが、訴訟としては極めて高いハードルになります。もちろん訴訟には勝つつもりですが、お金が我々の目指すゴールではありません」

※裁判所に違憲を判断してもらうには、民法そのものを訴えることはできず、損害賠償の形を取るしかないのです。

無論初めからそのつもりです。私たちも腹をくくってここに来ていたけれど、弁護士の先生たちも本気でした。静かな会議室に、麻ちゃんの声が響きました。

「この日を待っていました」

 

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