画像1: 完璧な親じゃなくていい。Twitterで人気!上馬キリスト教会“中の人”MAROさんに聞く、世界初の親・アダムとイブの子育て話。

「笑いながら聖書に親しんでもらう」をコンセプトに、Twitterで連日面白ネタをつぶやき、フォロワー約10万人の人気を集める上馬キリスト教会(@kamiumach)。

その “中の人” である「まじめ担当」MAROさんに、「子育て」という切り口で、世界初のパパとママである「アダムとイブ」について語っていただきました。その中で、「ベビモフ」から生まれた人気作『アダムとイブの楽園追放されたけど…』にも話は及び……。

育児に悩む方も、そうでない方も、ぜひ、ご一読ください。

 

世界初の人類は、世界初のパパとママ

 私たちの信じる聖書によれば、すべての人類の祖先はアダムとイブ、つまり世界初の人類はアダムとイブだということになります。そして彼らは世界で初めての「家族」を作ることになるわけですが、よくよく考えてみればそれはとても大変なことだったでしょう。

現代でも、子育ては「人生最大の大仕事」と言っても過言ではないほどに大変なことですが、アダムとイブにとってのそれはきっと私たちの想像もつかない一大事だったのではないでしょうか。だって、保育園もありませんし、いざという時に頼れる実家もありません。悩み事を聞いてくれる先輩ママもいなければ、愚痴を言い合えるママ友だっていないんです。子育て情報誌も粉ミルクも離乳食もありません。子どもが熱を出した時に駆け込める小児科医だってないんです。とにかく、ないないないない……なんにもないわけです。

 そもそも、アダムもイブも神様から直接作られたわけですから、彼ら自身も親に育てられた経験がありませんし、親の温もりも、親の愛も知りません。知っているのは「神の愛」だけです。しかもその「神の愛」さえも、あの禁断の実を食べた時に、不完全なものになってしまいました。「人は愛されたようにしか愛せない」とは、よく言われることですが、そんなわけでアダムとイブも、子どもを完全に愛することはできない「不完全な」親でしかなかったわけです。

 現代の日本では「自分は完璧な親ではない」と悩む方が少なくないと聞きますが、アダムとイブだって決して完璧な親ではなかったんです。いえ、むしろきっと現代の私たち以上にドタバタして、失敗もくり返し、なんとかかろうじてカインとアベル、そして私たちの直接の祖先となるセツを育てあげたのではないでしょうか。そう考えると何だかホッとしませんか。現代の私たちにとって、アダムとイブが不完全であったということは絶望に至る「悲報」ではなく慰めをくれる「朗報」なんです。

 このマンガ『アダムとイブの楽園追放されたけど…』はそんな「朗報」を私たちに届けてくれる作品です。私たちは完璧な親にならなくていいし、同時に子どももまた完全な子どもにならなくていいんです。ならなくていいし、そもそもなれないし、むしろなるべきではないんです。「完全でないところにこそ、神の愛と恵みが注がれる」これがキリスト教の教えの一つの根幹です。

画像1: 世界初の人類は、世界初のパパとママ

このマンガのアダムとイブの奮闘ぶりを読んでいますと、笑いながらも、そのことが、自然と心の中に流れ込んできます。この作品の中で、アダムとイブはとことんまで不完全な親ですし、そして二人から生まれたカインとアベルもまた不完全な子どもです。それはちょうど、欠けた水差しと欠けた器のような関係です。水差しは欠けのある故に水をこぼしながらも「注ぐ」という自分の仕事を遂げようとするし、器の方もまた欠けのある故に水をこぼしながらも「受ける」という自分の仕事を全うしようとします。

愛を注ぐ者と愛を受ける者。互いが互いの「欠け」を補い合おうとするとき、一つ次元の違う、少し複雑な、そして人間臭い「愛」が生じます。お互いの愛が不完全だからこそ、成立する「愛」もある。そんな「愛」があるから、神様も禁断の実を食べてしまったアダムとイブを赦(ゆる)して恵みを与えましたし、たくさんの罪を日々おかしてしまう「不完全な」私たちのことをも決して見捨てずに赦し、日々の恵みを与えて下さっているのだと思います。

画像2: 世界初の人類は、世界初のパパとママ

 このマンガをクリスチャンの方が読んだら(私もクリスチャンですが)「聖書のことをわかってない!」と怒る方もいるかもしれません。たしかにいくらか聖書についての描写に不正確なところはあります。でも、それでいいんです。それだからいいんです。このマンガも不完全だからこそ、私たち読み手がその意図を一所懸命に酌み取ろうとしますし、そこに新しい「愛」というか「面白さ」が生じてくるんです。

 この作品は「不完全なママ・パパ」をはじめ、すべての「不完全な人たち」に、「不完全な慰め」を与えてくれることでしょう。いいんです、慰めだって不完全で。不完全だからこそ、人間臭くて、味があって、愛すべきものなんですから。

 

PROFILE

通称マロ、あるいはマロさん。上馬キリスト教会の一般教会員。上馬キリスト教会Twitterアカウントの「まじめ担当」。1979年、東京都生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科倫理学専攻卒。専門は宗教倫理学。バークリー音楽大学CWP卒(ProfessionalDiploma)。
現在は宗教法人専門の行政書士としてキリスト教会をはじめ、お寺や神社の法務サポートを行いつつ、異宗教間コミュニケーションについての研究や実践も行っている。

 

MAROさんの著書紹介

MAROさんがメインで執筆を担当した初の著書『世界一ゆるい聖書入門』では、140字という枠を超えて、聖書の面白エピソードを紹介!

 

アダムとイブの楽園追放されたけど…

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