画像2: 動物と向き合うなら、自分の体を、 命を差し出すぐらいの気概がないと。

満州時代ね、うちは親父が小児科で、お袋が助産婦だった。だから物心ついた頃からお産を見て育ちました。長屋で、半分は病院に使ってて、半分は僕らの住居だけど、2部屋しかなくて。こっちに居間があって、こっちに子どもたちがいる。そういう生活様式でしたから。お産があると「あ、近いな」ってすぐわかる。パチパチって物を燃やす音がし始める。蒸気が部屋にこもる。近づいてきたなと思う。女の人が叫ぶ声ももちろん聞こえてくる。お袋に親父が「今どのぐらいだ」って聞くんですよ。「今、ニシです」って言うんです。ニシってわかりますか? 子宮口がどのくらい開いているか。2本指が入ったら二指。それが三指、四指となっていく。それを僕がね、お袋に聞くわけですよ。「ニシってどういうこと?」って。そしたら教えてくれるわけ。「あ、そんなことか」と思ってね。それが生活の中で一緒に生きてるってことだ。そういう勉強をしてごらんなさい。(人間がどうやって生まれてくるのか)恥ずかしいなんてとんでもないです。とんでもないですよ。

 

ムツゴロウさんの人生年表

●1935年 福岡市に生まれる。北満(現在の中国)・大分開拓団の小学校に入学。中学、高校時代は大分県日田市で過ごす。

●1954年 東京大学理学部生物学科に入学。卒業後は生物系大学院に進む。

●1960年 学習研究社(現・学研ホールディングス)映画局に入社し、記録映画の制作を行う。

●1968年 学研退職し著作活動に入る。『われら動物みな兄弟』で第16回エッセイストクラブ賞受賞。

●1971年 北海道厚岸郡の無人島に、熊や馬を連れて家族で移住。翌年、浜中町に移り「動物王国」を建国(現在は町に返却)

●1977年 第25回菊池寛賞を受賞。『畑正憲作品集』、『ムツゴロウの青春日記』、『ムツゴロウの動物交際術』などを刊行。

●1978年 北海道/中標津町に自宅とムツ牧場を設立

●1980年 フジテレビで『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』が放送開始。番組のため21年間、世界中を旅する

●1986年 映画『子猫物語』を監督

●2004年 画集『ムツゴロウとゆかいな動物たち』を刊行。

●2011年 『ムツゴロウの地球を食べる』で第一回日本動物学会動物教育賞を受賞。

●2012年 BSフジで『ムツゴロウのゆかいな動物図鑑』がスタート。

●2018年 『サンデー毎日』、『週刊プレイボーイ』の連載など、執筆活動を行う。

 

PROFILE

画像: PROFILE

畑 正憲さん Masanori Hata
動物学者、プロ雀士、作家。ムツゴロウさんの愛称で知られている。1935年4月17日福岡市に生まれる。医師の父が満州国(現・中国)に赴任したため、幼年時代を満蒙開拓団の村で育つ。東京大学理学部で動物学を学んだ後、学習研究社(現・学研)に入社し、『純白の太陽』などの教材用記録映画を作る仕事に従事。小学・中学時代の同級生である女性と結婚し、一女を設けるその後、同社を退職し作家活動を行う。1971年に動物との共棲を目指して家族3人で北海道の無人島に移住。後にこれがフジテレビ系『ムツゴロウの動物王国』(1980年~2001年放送)へと発展する。画集や映画、エッセイなど作品多数。

 

Photo:Masaru Furuya Text:Chihiro Nishizawa Composition:Shiho Kodama

 

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