画像1: 虐待当事者でない人にこそ観てほしい。映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』ベビモフ特別対談 歌川たいじ×犬山紙子

小説家・漫画家
歌川たいじさん
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イラストエッセイスト
犬山紙子さん

<#わたしたちでもできること ベビモフ特別対談>

漫画家、小説家、エッセイスト、そして日に10万アクセスを誇る人気ブロガーとして活動する歌川たいじさんの伝説的コミックエッセイ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』が映画化。実の母親からの虐待や児童養護施設に入れられた経験など、壮絶な過去と向き合いながらも、母の愛を最後まであきらめなかった青年の姿を描く本作の公開を前に、原作者である歌川さんと、子どもの虐待をなくすためにさまざまな活動をしているイラストエッセイストの犬山紙子さんとの対談が実現しました。

 

いわゆる “毒親本” とは違う境地から
過去と真摯に向き合って書かれた実話

犬山:母さんがどんなに僕を嫌いでも』のコミックエッセイと映画に触れられて良かったです。歌川さんは本当に強い人だなぁって。軽やかに描いているのに、心に刺さります。

歌川:いやぁ、ありがとうございます。そんなふうに言っていただけるなんて。

犬山:私自身、エッセイを書いていますけど、やっぱり自分をさらけ出すのって、すごく怖いんです。それが、歌川さんの作品にはしっかり描かれているので、あ、人間って、そうだよねって、読んでいて深く共感できる。

歌川:私、基本的に秘密が何もなくて(笑)。ゲイだっていうことも、会社で隠せなくて……というより、すぐにバレちゃうので(笑)、昔からカミングアウトしてやってきたんです。ただね、自分のことは何でも書けるけど、他人のことは難しいですよね。

犬山:一番気をつかいますよね、そこが。

歌川:母とばあちゃん以外、みんな生きているので。どこまで描いていいんだろうって。

犬山:お母様のことを書くときにも葛藤がありましたか? だって歌川さんは別に、お母さんがこんなにひどい人だったんだよ、と言いたくて書いたわけではなく……。

歌川:もちろん! 本を読んだ方からは『あんな親、私なら許せません』とか『許すべきじゃなかったんじゃないですか?』っていう反応がよく返ってくるんです。実際に似たような経験をして、痛みの中にいる方も多いんですけど。でも『私はこんなひどい親を許しました。どやねん!』っていうつもりじゃなくて、自分を実際に支え続けてくれたのはどんな人たちで、どんな言葉だったのか、ということを書きたかったんですよ。

犬山:私、この映画を観て、虐待された人がどんなふうに親のことを思うか、どんなふうに生きていくかっていうアプローチは、人それぞれなんだなと感じました。もちろん全員が虐待親を許すべきだなんて思わない。その人に合ったその人が楽に生きられる方法はそれぞれなんですよね。

歌川:ほんとそうです。

 

“孤立” の問題に立ち向かうためには
その人が抱える痛みを共有すること

犬山:私は今、子どもの虐待をなくすためには、どうしたらいいんだろう? ということを模索して、勉強している最中なんですけれども。虐待について知れば知るほど、“孤立” というワードが出てくるんです。歌川さんも本の中のエッセイで「貧困や自死や犯罪など、さまざまな問題の根っこに、“孤立” という怪物が横たわっています」「孤立の問題に立ち向かうには、その人が抱えている痛みについて少しでも多くのことを人々が共有することが大切」と書かれていましたよね。

歌川:はい、そのとおりです。

犬山:映画でも、幼い頃からタイジを深い愛情で包んでくれた、工場の従業員のばあちゃんの存在が印象的でした。タイジが児童養護施設に入れられるときに、クッキーの缶を渡してくれて。缶の中には「たいちゃんはひとりじゃないからね」って書かれた手紙と一緒に、ばあちゃん宛てに宛名書きされた官製ハガキが何十枚も入っていて……。

とても辛い幼少期を経ても、周りの支えでハッピーな方向に進んでいく様に救いを感じるんです。これは歌川さんが、ばあちゃんとか友達とか、いろんな方から愛情を受けていたおかげなのかなと。歌川さんは、人がお好きなんだなっていう印象も受けたんですよ。

歌川:そうですね。私が人間までは嫌いにならなかったのは、本当にばあちゃんのおかげです。それまでは自分のことも他人のことも、悪いところばっかり見ちゃう人間だったんですけど、ばあちゃんが死ぬ前に、一気に変えてくれたので。本来なら、セラピストさんにお金を払ってやってもらうようなことを、私の場合はぜんぶ、ばあちゃんと友達がやってくれました。

 

相手の自己イメージをたたきつぶす
虐待やイジメ、DVは洗脳に近い行為

歌川:虐待やイジメ、DVって、相手の自己イメージをたたきつぶす行為なんです。だから、たいしてダメージはないだろうっていう意識は、まったく通用しなくて。まず、やる側は「自分は正しいことをやっている」って、自分を洗脳する。次に「この子、何回言ってもこうなのよ。どう思う?」とか「あいつ、ムカつかね?」って、周りを洗脳していく。外堀をどんどん埋めていくんですね。そして最後に「おまえが悪いから、俺はやるんだ」と、ターゲットを洗脳するんです。

虐待でもイジメでも、家や学校の中で、洗脳がおこなわれているわけなんです。「おまえはやられて当然の人間なんだ」「何回言ったら分かるんだよ?」「何やってもダメだな」って言われ続けて、自己イメージをたたきつぶされるので、どうしても自分を否定し始めちゃう。すると今度は他人を否定し始めるんです。それで、結果的にネガティブな連鎖が起こったりする。

画像1: ©2018 「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会

©2018 「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会

犬山:映画で、病の床にいたばあちゃんが、成長したタイジに「『僕はブタじゃない』って言って」とお願いするシーンには胸がしめつけられました。

歌川:あのことは本の中でも “ビッグバン” だと書いたんですが、あそこでばあちゃんが、自分を否定し続けることを止めてくれたんです。あのとき最初は、「僕はブタじゃない」って言おうとしても、どうしても言えなかったんですよ。怖くて言えないんです。今になったら、やっぱり洗脳に近かったんだなって分かるんですけど。

要は、傷や痛みにしがみついちゃっている部分があったんですよね。ライフ・イズ・ペインだと思っていたから。自分がちょっとでも支えにしているものが崩壊しちゃう気がするんですよ。でも「僕はブタじゃない」って、やっと口に出して言えたときに、これは本当に僕がみんなに分かってもらいたかったことなんだ、と気づいたんです。だから、ばあちゃんが洗脳を解いてくれたんだと思います。

 

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