画像: #20 危機を迎え、師匠に教えを乞う

揺らぐ信頼と、増す苦しみ

前回「つづく(正確には、続いちゃった)」と締めましたが……。

続きません!

本当は私たちの結婚式について書くつもりだったのですが、それどころではなくなってしまったのです。きっかけは、以前にも書いた、降って湧いたような “麻ちゃんの転職するかも騒動” でした。結局、転職話は立ち消えになったものの、「相談もしてもらえないなんて……」と思い、一気に落ち込んでしまったのです。

そして、改めて身の回りを見れば、3人の子どもの育児に追われる生活は終わり(まだ1人、十分手のかかる子が残っていますが)、これまでのように “麻ちゃんと2人で協力して、なんとかしなきゃ” と気張る必要もないことに、気付いてしまいました。「これまでは、子どもがいたから家族っぽい感じだったけれど、そもそも夫婦でもないし、これからもずっと一緒にいると決まってもいない……」。そう思った途端、家の中の空気は冷え、自信を無くしていました。

私って、信頼に値しない相手?

長年かけて、獲得してきたと思っていた信頼は勘違い?

相手にとって、自分がパートナーでいいのかなぁ?

っていうか、面倒くさい女って思われてる?

考えすぎて、麻ちゃんと “どう接していたか” も分からない有り様になりました。無駄な思考のループは勢いを増し、暴走を始め、ついには迷走し、ついでに瞑想し(ダジャレを言っている場合じゃないけど、やってみた)、さらにはヨガを始め、泳いでみたり、飲めない酒も飲んでみたり……したけど、スッキリしない!

つまりこれは、3人の子どもたちを最優先にして、これまでパートナーとしっかり向き合った経験のなかった私たちに、“2人で生きていく” という課題が突き付けられた、ということなのです。“幸せは倍に、苦しみは半分に” なんてのは、2人の関係が良い時の話。噛み合わなくなった2人なんて、逃げ場がない分、苦しみが10倍に膨れ上がってしまいます。

 

師匠に打ち明けた思い

こうなったら、私が行くところはひとつ。パートナーシップの師匠、Taqさんこと大塚隆史さんが営む、新宿「タックスノット」というゲイバーです。Taqさんはアーティストであり、ゲイのパートナーシップについて、長年説いてこられた方です(伝説のラジオ番組「スネークマンショー」で、同性愛が全く理解されていなかった70年代から、ゲイのパーソナリティとして活躍されていました)。そして、私たちの結婚式を取り持ってくださった方でもあります。

私がTaqさんを知ったのは、麻ちゃんと暮らすことになるか、ならないか、という頃。婚姻制度で結ばれない私たちが、パートナーシップをどう築けばよいのか、道しるべを探していた時に、Taqさんがミクシィで連載していた(元々はゲイ雑誌「Badi」で連載されていた内容だそうです)『トゥマン道場』に出会ったのでした。

“トゥマン” というのは、万葉集で使われていた “つま” という言葉に由来するそうです。この “つま” は、妻ではありません。万葉の時代では、男女を問わずパートナーのことを “つま” と呼んでいたのだそうです。そして “つま” は、「とぅま」と発音されていたことから、Taqさんが同性同士のパートナーシップのことをトゥマンと命名し(ちょっとフレンチ!)、伝道されていたのです。

Taqさんが『トゥマン道場』で語られていた言葉には甘えがなく、常にパートナーと共に生きていく覚悟を問うていました。「いつか王子様が病」から抜け出せない私には、電撃に打たれたような思いでした。

幸せになりたいとか、愛されたいとか、
パートナーシップってそんなことじゃ、全然ないんだ。
自分が本当に望むものを見極めて、それ以外は切り捨て、主体性を持って選び取る。

パートナーシップを築くということはどういうことなのか、初めて教わった私たちは、貪るように『トゥマン道場』を読みました。私は下戸なうえに、一応女性ですので、ゲイバーに一度も行ったことがありませんでした。同性カップルの迷子である私たちは、藁にもすがる思いでTaqさんと話をしたいと、3人の子どもを親に預け、麻ちゃんと緊張に震えながらゲイタウン新宿二丁目(正しくは、タックスノットは新宿二丁目と道を挟んですぐの新宿三丁目にあります)に向かい、タックスノットの扉を叩いたのです。

ゲイバーという言葉からイメージされる、暗いバーカウンターの店を想像していた私たちの目に飛び込んできたのは、白い壁に煌々と眩しい電気。バーというには明るすぎる店内。そしてカウンターの向こうに、にこやかな笑顔のTaqさんがいました。ただただ「『トゥマン道場』の話をもっと聞きたい!」という、高ぶった気持ちでやって来た無知なヒヨッコレズビアンカップルを、温かく迎えてくれたうえに、私たちが子育てをしていることに、とても興味を持ってくださったのでした。当時、同性カップルで子育てをしていると言うと、LGBT当事者にさえギョッとされたり、「それって大丈夫なの?」と心配された時代です。

なかなか言いにくかった子育てを、手放しに“良いこと”だと言ってもらえて、とても嬉しかったことを覚えています。

それ以来、季節ごとに子どもを預けてタックスノットにお邪魔するようになり、カウンターに腰掛けては、たくさんのことをTaqさんや周りのお客さんから教えていただきました。私たちにとってはまさに師匠、迷った時の灯台のような存在です。だからこそ、パートナーシップに行き詰まったときは、ココ一択なのです。

 

迷路の中の自分

扉を開けるなり「どうしたの! 暗い顔!」。初めて訪れた時と同じ、明るいTaqさんの声が飛んできました。「あぁ、みんなお見通しなんだなぁ」と、カウンターにつくなり、これこれこんなことがあり、あれが嫌だ、これが嫌だ、麻ちゃんから好かれているのか分からない、とブチまける私の話を、フンフンと聞いてくれていたTaqさん。「つまり小野ちゃんは、相談してもらえなかったことで、傷ついているのね」と言うと、「でもね……」と目を細めてこう続けたのです。

「相手がこうしてくれない、ああしてくれないって言い出したら、それはもう終わりなんだけどね」

終わり? その衝撃的な言葉に、目が覚めた思いでした。「そうか、終わることも、すぐそこにあるのか」、「いつのまに、こんなところにまで迷い込んでしまったのだろう」と、泣きたい気持ちでしたが、泣いている場合ではありません。大切にしてきたはずのパートナーシップを、私はいつのまにか、大切にしていなかったのです。

私は話がしたくなるような相手だったでしょうか? 話したい、聞いてほしいと思わせる態度じゃなかったと、初めて気が付きました。「パートナーシップは技術だ」と、Taqさんは言います。

「自分を変えるとか、相手を変えるのではなく、お互いが心地良いと思えるような関係づくりの技術の獲得よ」というTaqさんの言葉が、くじけそうな自分の気持ちを、なんとか踏みとどまらせてくれました。

そして、改めて気を引き締め直す日々が始まりました。Taqさんにも店のお客さんにも、「そこじゃない!」と言われたけれど、まずはダイエットから。2年前に大病をしてから「薬の副作用で太って、みっともなくなった」という思いがあったので、ここはまず、自分に気合を入れるため、痩せることに。そんなレベルなので、話したくなる相手になるには、まだまだ時間がかかりそうです。冷え切った空気は、なかなか回復しませんが、毎日が現在進行形で、試行錯誤中なのです。

そんなある夜、狭い我が家の洗面所、洗濯機の前で麻ちゃんと話し合いました。お互いに泣いて、ともかく仲直りしました。根深い問題は、まだまだたくさんあるけれど、“1000回ケンカして、1000回大事なことを忘れかけても、1001回仲直りして” このまま続いていけるといいなぁ(これは、私の大好きな漫画『ハチミツとクローバー』の最終巻に収められている短編漫画『空の小鳥』に出てくるフレーズなのです)。

それにしても、お互いが好きで、お互いに合わせるように努力してきたはずなのに、どこで食い違ったのか? その疑問だけは残っていました。そうしたところ、麻ちゃんがこんなことを言ったのです。

「あのさ、ひとつ問題が起こった時、お互いのやり方に、お互いが合わせようとして、結局2人とも変えちゃうから、いつまで経っても距離が縮まらないんじゃない?」

「な、なるほどー! そういうことだったのか! 道理で、いつまでも近づけないな、と思っていました!」と、腑に落ちたのです。そして、この人のこういう頭の冴えわたったところが好きなんだよなあ、としみじみ思ったのでした。

画像: 迷路の中の自分

 

Composition:Yoshiyuki Shimazu

 

ご感想や応援メッセージ

掲載作品に対するご感想や応援メッセージが、こちらの送信フォームよりお送りいただけます。

なお感想以外のご質問、ご意見、ご要望、苦情などは、このフォームからお送りいただいても返信、対応ができかねますので、あらかじめご了承ください。

メッセージ送信にあたり、当社の個人情報保護方針をご確認ください。
講談社プライバシーポリシー

人気記事

 

This article is a sponsored article by
''.