画像: 子育て、私の場合【後編】藤代冥砂さん

一人一人、好きな食べ物や個性が異なるように、妊娠や出産の仕方、子育てだってみんなと同じじゃなくてもいい。親子の数だけ子育ての仕方もあっていいはず。子どもと向き合う時間は限られているからこそ、子どもの成長を感じて笑い、ときに悩み、ときに泣き。無我夢中で子を育ててきた。

毎回、子育てを経験したパパとママに話を聞く「子育て、私の場合」。今回は写真家の藤代冥砂さんにインタビュー。「子供が生まれたら一緒に過ごす時間をたっぷり取りたい」という以前からの希望をかなえるために行ったワークシフト、縁に導かれるようにして過ごした葉山での暮らし、沖縄への移住。母と子の関係性とはまたちょっと違う、父と子の絆とは。

 

▼前編はこちら

 

タフな経験も一緒なら乗り越えられる!
一生の宝物になる父と息子の2人旅

20代の終わり、2年間にわたる世界一周の旅を敢行した藤代さん。家族3人でのなごやかな旅行ももちろん楽しいけれど、旅のエキスパートである彼が本領を発揮するのは、やはり冒険心あふれるワイルドな旅なのだろう。龍之介くんが9歳になったとき、藤代さんが記念すべき初の男同士2人旅の行き先に選んだのは……なんとネパールのヒマラヤ山脈!

ヒマラヤの高峰を見渡すことができるアンナプルナ・ベース・キャンプまでの道のりを記した電子書籍のトラベルエッセイ『父と息子、ヒマラヤを旅する』(幻冬舎刊)には、臨場感たっぷりの動画も収録されている。

「なんで9歳だったかというと、自分が9歳のときに、富士山頂に登ったから(笑)。父の弟である叔父たち2人が富士山に行く話をしているのを聞いて、『俺も連れて行って!』と自発的に頼み込みました。実際に登山をしたときに、八合目で高山病みたいになって頭が痛かったこととか、粗末な山小屋でゴボウみたいに並んで寝たこととか、今でも覚えていますね。小さいときの経験って、ずっと残るんですよ」

ヒマラヤで、龍之介くんにも旅の楽しさがしっかりと伝わったおかげか、その後、父と息子は、学校の長期休みのたびに、さまざまな場所を旅するようになった。海外ではタイと台湾を訪れ、国内ではヒマラヤのトレッキングよりもはるかにきつい北海道の大雪山、トムラウシ山にも挑戦した。

「トムラウシは奥深い山で、山頂まで時間がかかり、山小屋などの施設も少ない。でも、自分としては、もうヒマラヤにも行っているし、大丈夫だろうなぁと思っていて。それが、登山のときは天候が悪く、雨で道はグチョグチョ、藪の中を延々と行く感じで。大人でも、げっそりするようなハードな登山だったんですよ。

さらに、これは自分の判断ミスなんですが、息子にすごく重い荷物を背負わせてしまった。ふつう、背負う荷物の量は、体重の3分の1くらいまでと言われているんですね。でも、よく考えれば、それは大人の場合。当時、息子は30kgあったから、10kgの荷物を背負わせたんだけど、小学3~4年生の未完成の身体には、3分の1じゃ、負担が大きすぎたんですよ。『荷物が重い、重い』と言って、途中から泣いていました。それまでの彼は苦しくて泣いたことなんてなかったから、本当につらいんだなと思って。

ついに荷物を地面にバーンと投げ出して、泣きじゃくって『もう俺はここで死んでもいい! もう動けない!』ってキレて。いきなり走り出したかと思ったら、大きな岩をグーッと持ち上げて、ウワーッと投げて。おぉ、その体力! と思ったんだけど、もうそれくらい怒っていて。よっぽど理不尽だったんだね。結局そのときは、自分の20kgくらいの荷物の上に息子の荷物を載せて、手を引っ張りながら登りました。大変だったね、あれは(笑)」

何とか無事に目的の行程を終えて下山した後は、ひとまず湖畔でキャンプ。ほっとしている龍之介くんに「よし、このままもう1本行くぞ!」と告げ、「えぇっ!?」と驚く彼を連れて、蝦夷富士と呼ばれる羊蹄山に登ってきたというのだから恐れ入る。それでも龍之介くんにとって、父と登る山には、つらい体験を上回る大きな感動と喜びがあるのだろう。

画像: タフな経験も一緒なら乗り越えられる! 一生の宝物になる父と息子の2人旅

ちなみに次の旅の行き先はまだ決まっていない。現在、龍之介くんのスマホの待ち受け画面には、藤代さんも行ったことのないアラスカの壮大な大自然の景色が映っているという。

ちょうどその頃の忘れられないエピソードをもうひとつ。アメリカのカルチャーの影響が色濃い沖縄で育ち、週1回、英語学校でネイティブのお兄さんから英語を楽しく教わっていた龍之介くんを見て、藤代さんたち夫婦はインターナショナル・スクールへの転校を考えたことがあった。

「もっと外国語に慣れ親しんだほうがいいんじゃないかと思って。入学試験では自分たち親子とネイティブの先生方との三者面接があって、その面接の佳境のときに『将来、何になりたいですか?』と聞かれたんです。息子は先生に『Take your time.』とか言われながら、真剣に熟考していて……最後にポツッと言った返事が『Bear!』でした。あー、クマかぁ~って思いつつ、僕も妻も内心では(ナイス!)ってニンマリでしたね。帰宅後『パパとママは、あの答えはいいと思ったよ』って話したんですけど……結果はダメでした。甘かった(笑)」

 

子どもも思わず見直すかっこよさ
親が働いている姿を子どもに見せる

さまざまなテーマの作品を発表している藤代さんだが、男女問わず、幅広い層のファンから熱烈に愛された代表作といえば、妻の田辺あゆみさんとの日常をおさめた『もう、家に帰ろう』、そして龍之介くんが誕生してからの家族を写した『もう、家に帰ろう2』ではないだろうか。龍之介くんにとっては、これらの写真集は小さい頃から当たり前のように見ている、いわば “アルバム” 的な存在(贅沢!)だ。

「写真が身近すぎるせいか、カメラマンをすごく簡単な職業だととらえているみたいで(笑)。もう『俺、将来、何もなるものがなかったら、カメラマンにでもなろうかな~』とか言っている感じの扱いですよ(苦笑)。

でも、ふだんは家でのんびりしている姿しか見せていないぶん、例えば東京でトークイベントなどがあるとき、彼も学校が休みなら、一緒に連れて行ったりしていました。ひとつには親が働いている姿を見せたい、っていう想いがありましたね。

一度、奥さんが仕事で海外に行っているときに、スタッフにお願いをして、自分の撮影の現場に彼を連れて行ったこともあって。そのときは『パパ、なんかかっこいいね』って言っていましたね。やっぱり仕事モードだと、ピシッと緊張感があるじゃないですか。夕方5時になるとビール飲んでいるベロ~ンの父ちゃんとは、ちょっと雰囲気が違う! って、新鮮だったんじゃないですか(笑)」

 

情報化される前のリアルな本物に
触れるチャンスをたくさんあげたい

今年の春、龍之介くんは小学校を卒業し、中学生になった。入部したのはバスケ部。アメリカ文化の影響が強い沖縄では、バスケットボールは街中のいたるところにリングが立っているほど盛んであり、非常に層の厚いスポーツである。

「沖縄には琉球ゴールデンキングスっていう人気チームがあって、この間、そのチームの試合を一緒に見に行ったんです。沖縄では年間を通して、いい席のチケットがなかなか取れないから、地方のアウェイ席側を狙って。目の前に憧れの選手がいるって、すごく大きいですよ。やっぱり子どもには本物を見せるのが、一番刺激になるんじゃないかな。

結局、ものってコピーして覚えるじゃないですか。いくらコピーしたものの情報量が多くてもその素材が持つ生の迫力にはかなわない。旅にしても、スポーツにしても、情報化される前のリアルな本物をなるべく体験させてあげたいなぁという想いがあります。それにはお金をかけなきゃいけないという部分もあるかもしれないけど、実際はお金よりも時間ですよね。ヒマラヤに行くのだって、ネパールに着いちゃえば、そんなにお金かからないですしね」

中学生は、子どもから大人への脱皮をする多感な年頃。小学生の間は、常にパパをリスペクトし、基本的にパパの言うことはちゃんと聞くというスタンスだった龍之介くんにも多少の変化が見えてきた。

「親の言うことをだんだん素直に聞かなくなってきましたね。『俺、ちょっと反抗期だから』って、自ら言っていて(笑)。でもさすがに、ちっちゃい頃から密に接していたおかげか、自分と親父の関係性よりは、もうちょっと近いかな。そこはよかったですね。今でも風呂には一緒に入るし。風呂の中で、いろんな話もしてくれる。裸の交流はいいですよ。この先もまだしばらくは一緒に入るんだろうなぁって」

 

自分がいくらがんばっても負ける
息子にとってママは本当に特別な存在

画像: 自分がいくらがんばっても負ける 息子にとってママは本当に特別な存在

思春期を迎えた息子の前では、常にかっこいいお父さんでいたいという気持ちもある。が、実際は、妻が仕事でいない時期は、毎日ごはんを作ったり、洗濯物を洗って干したり、たたんだり……と、お母さんのような役割も果たしている。その流れで「やりっぱなしにするな」とか「片づけろ」とか、小言みたいなことまでつい口に出してしまうのが悩みの種。

「ひょっとして、ふつうのお父さんよりも子どもとの接点が多すぎなんじゃないかなと思うときもあって。その点、ママと息子の関係は特別ですよね。男の子って、自分もそうだったけど、本当の悩みはお母さんに相談したりするし。ママも龍之介に同じような小言を言って、プンプンするときもあるんだけど、彼は『ママは怒るときも全然怖くなくて、かわいいんだよね。笑っちゃうと、また怒られるんだけど』なんて言っている。

ママと息子が一緒に並んでいると、会話がなくても2人はひとつ、みたいな雰囲気なんですよ。パパは入り込めないような感じ。放っておいているくせに、ナチュラルに余裕のある関係がふわっと成り立っているように見えるときは、あぁ、いいなぁ~って、ちょっと悔しくなりますね。その役やりたかった、と思うもん(笑)。

そんなこちらの気も知らずに、ママは時々さらっといいこと言う。『自由にさせてあげたら?』とか(笑)。それ! 自分が言いたかったこと! みたいな(笑)」

 

“子ども” はいつか大人になってしまう
だからこそ一緒にいる間は精一杯向き合って

子どもと過ごすキラキラした愛おしい時間は、いつか必ず終わるときがくる――。理屈では誰もが分かっている当たり前のことを、藤代さんは今しみじみと感じるようになった。

「子どもが中学校に入って、ある意味『子育ての第一期は終わったね』みたいな話は奥さんとしていますね。学校の時間とか、部活とか友達とか、物理的に親父との時間はなくなってくる。ちっちゃな子離れが始まってきているのかなって」

子どもが中学生になったとき、よく「あっという間だったね」という言葉が使われる。それもひとつの真実ではあるのだが、藤代さんには当てはまらない感覚だった。

「自分にとっては、全然あっという間じゃなかった。むしろ、ようやく来たか、という感じで。特に自分はふつうのパパよりも長い時間、子どもと過ごしているし、旅行にもたくさん行っている。振り返っても、おなかいっぱい。逆に、これ以上やれ! って言われても、できなかったくらいやった、という満足感はありますね。

場面、場面で、自分のいたらなさという意味では後悔はあるけれど、いたらない自分なりにはやりきった! よくやったぞ! って思っているんですよね。『あのときに、ああしていれば』、『もっとこうすればよかった』と思わないために、やっていたんだなと。

自分はこういう職業だったから、時間にもやれたという面もある。でもね、単純に時間だけじゃなくて、それぞれの環境の中で、やりきることはできると思うんですよ。だから自分が言うのもおこがましいけれど、いたらないなら、いたらないなりの姿勢で、子どもと一緒にいるときはガッツリ、精一杯向き合う! というのを、すごく勧めたいですね。だって、目の前の子どもは、いずれ “子ども” じゃない存在になってしまうんですから」

 

Photo:Reiko Tohyama Text:Keiko Ishizuka Composition:Shiho Kodama

 

PROFILE

画像: PROFILE

藤代冥砂 Meisa Fujishiro
1967年、千葉県生まれ。90年代に写真家活動をスタートし、ファッション、広告、音楽、グラビアなど様々なジャンルで活躍。2000年から7年間『週刊朝日』の表紙写真を担当する。2003年に『新潮ムック月刊シリーズ』で講談社出版文化賞写真賞を受賞。作家、文筆家としても活動し、小説『クレーターと巨乳』、『誰も死なない恋愛小説』、『ドライブ』を出版。エッセイに『合格★女子』、『愛をこめて』がある。写真家としての代表作に『ライド ライド ライド』、『もう、家に帰ろう』、『SKETCHES OF TOKYO』、『あおあお』、『藤代冥砂写真集 山と肌』など多数。最新作は90年代初頭、東京のクラブシーンの熱気を切り取った『90 Nights』(トランスワールドジャパン刊)

 

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