画像: 子育て、私の場合【前編】藤代冥砂さん

一人一人、好きな食べ物や個性が異なるように、妊娠や出産の仕方、子育てだってみんなと同じじゃなくてもいい。親子の数だけ子育ての仕方もあっていいはず。子どもと向き合う時間は限られているからこそ、子どもの成長を感じて笑い、ときに悩み、ときに泣き。無我夢中で子を育ててきた。

毎回、子育てを経験したパパとママに話を聞く「子育て、私の場合」。今回は写真家の藤代冥砂さんにインタビュー。「子供が生まれたら一緒に過ごす時間をたっぷり取りたい」という以前からの希望をかなえるために行ったワークシフト、縁に導かれるようにして過ごした葉山での暮らし、沖縄への移住。母と子の関係性とはまたちょっと違う、父と子の絆とは。

 

パパになると同時に東京から葉山へ
かけがえのない時間の始まり

人物、風景、紀行など、あらゆる被写体を通じて、幅広い表現活動を続けている写真家の藤代冥砂さん。2005年にパパになる前の彼は、アイドルや女優の写真集の撮影を何十冊も立て続けに担当するなど、それはそれはハードな仕事ライフを送っていた。

「当時は1日に撮影が3本とか、常に仕事がぎっちり入っているような状態でしたね。もちろん仕事っておもしろいから、毎日充実はしていたんだけれど、なんかやっぱり心身ともに疲れというのはひしひしと感じていて。このままいったら、いつか倒れちゃうんじゃないか……という不安をおぼろげに抱いていたちょうどその頃、子どもができたんです」

奥さまであるモデルの田辺あゆみさんが妊娠中、2人で出かけた葉山でたまたま出会った70年代の中古住宅に一目ぼれ。急きょ、購入を決意し、出産と同時期に東京から転居。思いがけなく、葉山にて親子3人の生活をスタートすることになった。

「少年の頃からビートルズの音楽を聴いていたので、もともとジョン・レノンが息子ショーンの誕生を機に、音楽の第一線から身を引いて、ハウス・ハズバンド(主夫)になったというエピソードが刷り込まれていたんですよ。自分もいずれ子どもができたら、子どもと一緒にいる時間をたっぷり取りたいなって。

幸いなことに、フリーランスという働き方は、リスクはいろいろあるにせよ、自分で自由にコントロールできるというよさがある。だったら、子育てが始まる今こそが、フリーランスの特権を最大限に使えるチャンスなんじゃないかなと思いました。

葉山に家を移した後も、おかげさまで仕事は忙しかったんですけど、さすがに1日3本というスケジュールの入れ方はしなくなった。本当に自然にちょうどよいバランスになって。物理的に住居を東京から移すというのは、自分自身にとっても、対外的にも、分かりやすい効果があるんだなぁと思いました。結果、ジョンに憧れたイメージどおりに、十分な時間を子育てに使えた――という実感が今でも残っていますね」

それまでバリバリ働いていた人が、子育てを機に仕事をペースダウンすると、どうしても不安やあせりを感じてしまうもの。しかし、藤代さんの場合は、不安よりも、未来に対する期待のほうがはるかにまさっていたという。

「子どもと接することでかけがえのない時間を過ごせる、っていう予感にすごく満ちていて。初めてカメラを持ったときのワクワク感……もっとちっちゃい頃で言えば、グローブを買ってもらったときのワクワク感と似ているというか。自分にとって、新しくて、とても必要なことが今、目の前にあるのなら『仕事や生活はどうなるんだ?』とかはさておき、そこにまず一歩踏み出すべきだ! という想いに突き動かされちゃいましたね(笑)」

 

自分にとっての原風景は森や田んぼの緑
子どもも自然の中で育ったことが嬉しい

画像: 自分にとっての原風景は森や田んぼの緑 子どもも自然の中で育ったことが嬉しい

日々の暮らしの中で、海と山、両方の匂いを近くに感じることができるのが葉山という土地の大きな魅力。潮だまりでの水遊びや、山での木の実拾いなど、小さな子どもにとっては最高の遊び場となる自然が広がっていた。

「子育てで、すごく恵まれたなぁと思うのは保育園の存在でしたね。葉山の御用邸近くのビーチまで、子どもの足で片道30分くらいかけて歩かせてくれて、そこで一日遊んで帰ってくるとか。毎日、自然の中でたっぷり遊ぶ、園外保育がメインの保育園だったんです。

自分も自然が好きですし、子どもの脳の発育のためには、手足の触感を刺激するとよいと、本で読んだりもしていたので。砂浜を裸足で歩いたり、岩場をよじのぼったり、山で葉っぱや昆虫を触ったりしながら、心身を育んでほしいなという願いはあって。やっぱり親の手もとを離れて保育園や幼稚園で過ごす時間も、すごく気になりますからね。そこで保育士さんたちと子どもの成長に対する想いを共有できていたのは大きかったなぁと」

藤代さん自身が自然に強く惹かれる理由を思い起こせば、幼少期の記憶にたどり着く。

「小さい頃、親が森によく連れて行ってくれたんですよ。家の近くに山があって、森の中を抜けると、田んぼが広がっていたりして。そういう風景の中を、前にいる父親の背中を見ながら歩いていた……という記憶がありますね。そのときの気持ちよさが肌に沁みこんでいる。だから、やっぱり幼児体験なんでしょうね」

 

2011年春、東日本大震災を機に
住み慣れた葉山を離れ、沖縄に移住

画像: 2011年春、東日本大震災を機に 住み慣れた葉山を離れ、沖縄に移住

親きょうだいが近くに住んでいない土地での、初めての子育て。藤代さん夫婦を、園の保育士さんたちとともに支えてくれたのは、地元で同じように子育てに奮闘しているパパ、ママ仲間のコミュニティだった。

「いろんなものに対して、意識的でポジティブな人たちが多かったですね。フードコーディネーターの根本きこちゃんがやっていたcoyaというお店では、お話し会などのイベントもよく催されていて。そういう、パパやママが交流できる拠点が地域のあちこちにあったんです。食べ物の選び方とか、予防接種のワクチンについてとか、子育て雑誌に書いてあるような内容も、みんなとちゃんとふつうに話せるのは、すごく心強かった」

そんなすばらしい環境の中で、すくすくと成長していた息子、龍之介くんが5歳の春、東日本大震災が起こる。藤代さん一家は、子育て仲間である根本きこさんの強いすすめもあり、当初は“とりあえず3泊くらいのつもりで”関東から遠く離れた沖縄へ。これが現在にいたるまでの、沖縄移住のきっかけになった。

「もともと自分はそれまでにも40回くらい沖縄を訪れていて。沖縄に憧れて、いつか住みたいなぁと思っていたんです。奥さんもタイが大好きなので、亜熱帯気候はウェルカム! みたいな感じでしたしね。

とはいえ、震災直後に沖縄に来たときは、ちょっと様子を見て、葉山に帰る予定だったんですよ。沖縄に長く住み続ける一番の理由は、当時ひどいアレルギー体質で毎年春先はアトピーに悩まされ、ぜんそくの発作で入院もしていた息子が、沖縄で過ごした春は一度も発作を起こさなかったということ。これって、もしかして『住むなら今だよ!』という暗示なのかな? じゃあ、子どものためにも、パパがんばろう! と踏み切りました(笑)」

 

子育ては、種をまいているようなもの
すぐに収穫できなくたってかまわない

画像: 子育ては、種をまいているようなもの すぐに収穫できなくたってかまわない

龍之介くんが幼い頃、藤代さんがふだんの生活の中で特に大切にしていたのは「食卓を家族で囲むこと」だった。

「夜ごはんは家族3人で。できたら朝ごはんも。そこはコミュニケーションの基本として、とらえていましたね。人がおいしいものを食べているときの顔を見るのが好きなんですよ。それが家族なら、なおさらで。おいしく食事しているときって、いい空気が流れているじゃないですか。その空気感が家族のベースになってほしいなと思っていて。

子育ての時間って、結局、ごはんを一緒に食べる時間を持つっていうことにもつながっていくと思うんですよね。自分は洗い物をしながら、子どもに『先に食べていて~』って言うんじゃなくて。子どもと食卓について、一緒に『いただきます』、『ごちそうさま』を言いたい。龍之介にも『それだけやってくれればいい』みたいなことを、ちっちゃいときから言い聞かせていますね」

実は龍之介くん、そんなパパの想いをよそに、実は今でも「いただきます」の挨拶が得意じゃないとのこと。でも、藤代さんは決してあきらめたりはしない。

「種をまいているようなものかなぁと。子育てって、その場ですぐ収穫できるものじゃないし、すぐに結果が出るものでもない。だからといって、無駄だとは思わない。今、自分が息子に言っていることが、将来、息子の子どもに伝わるかもしれないから。

がんばって、いい点数やいい順位をとる――その軸で考えると、子育てって、とても納得できないことだらけになっちゃうんですよ。子どもって、すぐにはできないじゃないですか。でも、それは当たり前のこと。自分たちもそうだったはず。

できないからといって、あきらめるんじゃなくて、できなくても、あきらめずに言い続けることが大切なんじゃないかなって。それで時に子どもにウザいと思われても、いいんじゃないかなと思っていますけどね(笑)」

後編へ続く……

 

PROFILE

画像: PROFILE

藤代冥砂 Meisa Fujishiro
1967年、千葉県生まれ。90年代に写真家活動をスタートし、ファッション、広告、音楽、グラビアなど様々なジャンルで活躍。2000年から7年間『週刊朝日』の表紙写真を担当する。2003年に『新潮ムック月刊シリーズ』で講談社出版文化賞写真賞を受賞。作家、文筆家としても活動し、小説『クレーターと巨乳』、『誰も死なない恋愛小説』、『ドライブ』を出版。エッセイに『合格★女子』、『愛をこめて』がある。写真家としての代表作に『ライド ライド ライド』、『もう、家に帰ろう』、『SKETCHES OF TOKYO』、『あおあお』、『藤代冥砂写真集 山と肌』など多数。最新作は90年代初頭、東京のクラブシーンの熱気を切り取った『90 Nights』(トランスワールドジャパン刊)

 

Photo:Reiko Tohyama Text:Keiko Ishizuka Composition:Shiho Kodama

 

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