画像: 西加奈子【前編】
『家族それぞれをひとりの人間として尊重したい』

近著『 i 』では、血縁にたよらない家族のかたちを描いた。自身は、父の転勤でイラン、エジプトで幼少期を、20代後半まで大阪で過ごす。6年前に結婚、昨年母になったばかりの西加奈子さんに、いま彼女が抱く家族観を尋ねた。

 

加奈子の中身が
変わらなかったから

「69歳の母は、めちゃくちゃいいやつなんです。お釈迦さんか、天使ちゃんみたいな人。メーカーに勤める父の仕事の関係で、イランやエジプト、いろんな土地に住んできたのですが、どの写真を見ても全部笑ってる。みんなから愛されてきたんだなあってわかります」

一児の母というより、どこか少女のような、みずみずしくはつらつとした表情で西加奈子さんは語る。

「すごく奔放で素直だから、悲しいことがあれば本気で泣くんです。自分自身も子どもだってよくわかっているし、親だから躾しつけをこうしようとか、あれしろ、これしろがないんです。怒られたこともないし、勉強しろと言われたことも一度もないですね」

学生のとき、試験勉強をしていたら、母が突然部屋に飛び込んできて叫んだ。

「あんたっ、なにやってんの! いま『24時間テレビ』で、司会のダウンタウンさんが泣いてるで!」

なにやってるのって勉強してるんですけどね、さすがにあのときはあっけにとられましたと、西さんは笑う。その朗らかな笑顔から、彼女の母親の人柄までもありありと想像できる。周囲をふわりと包み込むような、やわらかな明るさはきっと母譲りだ。

「ハイティーンのときは髪の毛を染めたりドレッドにしたりして、クラブで遊んで朝帰りとかしてたんです。あとから知人に母が、“加奈ちゃん、いっとき心配したけどよく我慢したね” と言われ、“え? なにが?” と聞き返したそうです。人の悪意とか、悪く言われていることとか気が付かないんですね。私のことも、“あんたはかわいないけど、華がある!” ってずっと言ってましたから(笑)。なにかしら、褒めてくれていました」

画像: 加奈子の中身が 変わらなかったから

最近西さんは、娘が髪を染めてドレッドにして朝帰りしていた頃、なぜ他の人のように心配をしなかったのか? と母に聞いたそうだ。母の答えは明解だった。

「加奈子の中身が変わらなかったから」

西さんはかつて、直木賞受賞後第一作『まく子』についてのインタビューで、こう語っている。

『私自身が子どもに戻りたいんです。大人になった自分の頭があまりに凝り固まっていて、“大人だからこう” とか “独身だからこう” “既婚者だからこう” というふうに、いろいろな偏見を持っちゃっている。そうした偏見を、子どもに戻ることで吹っ飛ばしたい』(「ダ・ヴィンチ」)。

また、別のインタビューでは、『自分は偏見持ち。だからこそ世の中でダメとされていることは本当にダメなのか?を自分の小説の中で表現していきたい』とも語っている。派手な身なりをして、朝帰りをし、周囲から憂慮されていた娘を、中身が変わっていないからと一度も叱責しなかった母。親だから、大人だからという価値観を持たないこの母をもってして、小説家・西加奈子の作品は生まれたといっても間違いではないだろう。

西さんは、大きな瞳をまっすぐこちらに向けて言った。「肯定されて育った。それはめっちゃありがたいことでした」

 

父、そしてプロレス

では父はどんな人だったのだろうか。西さんが中学生になると、カイロ、ドバイ、東京と単身赴任することも多く、「あまり一緒に過ごしていない」というのが率直なところらしい。

「ひとりの人間として、私に接していて、“かなちゃん” ではなく、“あなた” と呼ばれました。仕事に忙しく、覚えている限り、幼い時に一緒におふろに入った記憶がありません。やはり、父からも勉強しろと言われたことはなくて、大学を卒業しても就職せず、アルバイトをしていたときも、小説家になるために上京したときも、反対はなかった。“好きに生きなさい” と、つねに自立を第一に考えていた。“あなたが産んでくれと頼んだわけではない。お父さんお母さんが勝手に産んだのだから” いつもそう言ってくれました。そういう意味では、子育ては欧米的な考えに近いかもしれませんね」

印象深いのは、父がイランやエジプトで現地の人と渡り合っている姿だという。

「中近東って、国民性や価値観の違いもあって、じつはいちばんビジネスがしにくいと言われているんですね。そのなかで、父は独学で学んだ英語で対等に向き合っていた。背の低い父が、体格的に圧倒的に大きな人たちの中でがんばっている姿は子ども心にすごいなあ、と」

その背中から学んだもの、今の人生にどれ程の影響があったかと問いかけると、彼女は首をすくめて答えた。

「もちろん父からもいろいろ学びましたが、仕事や人生に関して、プロレスから学んだことも大きいです」

彼女のプロレス好きはつとに有名である。幼稚園の頃、従兄弟の影響でプロレス番組を見始めたのがきっかけである。直木賞の授賞式でも「プロレスに感謝したいです」とスピーチをした。

せっかくなので、プロレスの存在についても語っていただいた。目を輝かせて発する一言一言から、それはもう、西さんにとってたとえば家族同様にかけがえのない存在なのだということが、ひしひしと伝わってきた。

「人生は低迷期があるから逆もある。まだ物語の途中。走り続ける限り、挽回のチャンスがある。諦めずに前に進むことの大事さ、かっこ悪いことはかっこいいんだということを学びました」

小説家になって13年。今、西さんは小説との対峙のしかたをこう語る。それはまさにプロレスから教わった人生の指針でもある。

「突っこむ側になるのではなく、突っこまれ、ジャッジされる側になろう。作家だと名乗ることを恥じないでいこう。小説家であり続ける自分を信じて、いつもリングの真ん中に立てる人間であろうと思っています」

 

正直に生きて
笑われる方がいい

かっこ悪いことはかっこいい。そう気づくのに長い時間がかかった。現在41歳の西さんは、20代の頃の自分を思い出すと「あちゃっ。恥ずかしい」と赤面してしまうらしい。

「カッコつけて、照れて、ちょっと斜に構えていたんですよね。正直に話して笑われたら嫌だなって思っていたんでしょう。そう、実際、正直でいると笑われることもある。でも、かっこつけてうそつくのはダサい生き方だと思う。たとえば、若い頃、人に褒められたら、いえいえってすぐ言ってたんです。ありがとうございます、って答えたら、“この人、褒め言葉を鵜呑みにしているわ” って思われるのがいやだから。でも今は、それは違うと思います。正直にありがとうと言って、笑われる方がずっといい」

浅いところをすくって「ハイ、新刊できました」も、依頼が引きを切らない彼女なら、できなくはないだろう。だが、それは自分に嘘をついたことになる。

「自分が手を抜くことがいちばんつらい。いいと思っていないのですから。自分に正直に、全力で挑む。それで負けて笑われても、けしてかっこ悪いことではない。笑う人がいても気にしないし、笑っている人の人生のほうがつらいだろうなって思います」

ネットで誰かを貶めるような書き込みをしなければ生きていらない人がいるとすれば、それは「気の毒すぎる」と、言う。

「そんなことに時間を費やすのはその人の命がもったいない。その人の人生の意味を考えてしまいますね。確実に、笑われて生きるほうが、健康的です」

リングの真ん中に立ち、突っこまれる人生を選んだ。戦う相手はおそらく、自分だ。笑われてもいいから全力で闘う。

満身創痍でつむぐ作品1冊ごとに、小説家としての厚みを増してきた西さんは、2012年結婚。プライベートでは、心強い人生のパートナーを得た。そして昨年7月、待望の第一子を出産。その子育てにも、彼女独特の家族観、人生観が投影されている。

 

理想を持って突っ走らない

画像: 理想を持って突っ走らない

「40歳での出産でしたから、周りの友達から体力的に大変だといろいろ聞かされ、覚悟をしていました。でも、産んで気づいたのは、20代や30代でなくてよかったなということ。私はまじめすぎるところがあるので、理想を作るとそれに向かってわーっとつっ走ってしまいます。理想から少しでも外れるとまた、わーっとパニックになりやすい。そのへん、この年齢なのでゆるくフレキシブルになりましたし、臨機応変、しなやかでありたいと自然にこころがけるようになりました。とはいえまだ硬いので、もっともっとしなやかになりたいですが」

たとえば執筆時間をきっちり決めても、子ども次第でその通りに机に向かえないことも多々ある。そういうとき、「エグいほど」(西さん)気持ちが焦り、取り乱すので、「書けないときは、書かなくてもいいと思うことにしました」

子どもが0歳のいまは連載は控え、書き下ろしの長編だけを、「書けるときに書く」。家族の状況に合わせ、軌道修正を繰り返しながら、心地のいい落とし所を探っている最中だ。

「2ヵ月前に、家では書かないと決めたばかりです。書きかけても子どもが泣いたり、ストレスが募るだけなので。書きたいのに書けないという焦りがないかと言ったら嘘になります。作家やミュージシャンのママ友に相談したら、“この潜伏期間が大事やで” と言われて。“今がんばったら、創作の時間が出来たときの開放感がすごいから” って。私も自由に書けるのを今から楽しみにしているんです」

 

我が子に、スペシャルな気持ちを
過剰に抱きたくない

育児と仕事の両立も、母業も始まったばかりで、手探りだ。試行錯誤の道程で、昨日わからなかった謎が、今日解けることもある。たとえば、出産したとき、空恐ろしい感覚があった。

「子どもにとって、私と夫は家族の最小単位になる。それがとんでもなく怖いなと思ってしまって。私の感覚が、子どものすべての基準になると思うと、さらに怖い。いてもたってもいられず、友達に相談したら„あんたの感覚って、親に似てる?“って聞かれたんです。„あー、似てないわー“それでね、楽になれたんです。親子だからって、すべて一緒じゃないんだなって」

子どもは、今はまだ、母としては認識しているかわからないが、少なくとも„大切な人“という認識はあるようだ。大切な絆をもつ親子ではあるが、西さんは独特の距離感を抱く。

「私はおっぱいがあるだけ。子どもにとって、そのくらいの存在でいい。私もまた必要以上に愛さなくていいと思っています。自分の子どもだけ、自分の家族だけ幸せならいいという考えはいやなんです。我が子はスペシャルですが、過剰にスペシャルな接し方はしないでおこうとこころがけています。もちろん愛しているけれど、だからといって愛を返してくれなくていい。母が悲しむからこういう選択をしないでおこうと思う人になってしまうかもしれない。それは違うし、そう思ってほしくないんです。我慢しないでほしい。ひとりの人間として尊重したいし、自由に生きてほしいです」

自身、両親からそのような距離感で育った。いつでも絶対的な味方だが、自分の考えを押し付けることは一切なかった。だから、どんな人とつきあおうがなにも言わず、交友関係に口出しをされなかったし、勉強をしていい大学に行けとも、いい会社に入れとも言われたことがないのだ。そこには、ひとりの自立した人間として、尊重する視点が通底している。

後編へ続く…

Photo:Shin Suzuki Text:Kazue Ohdaira

 

PROFILE

画像: PROFILE

西加奈子 Kanako Nshi
1977年、テヘラン生まれ。小1~5年までカイロ、以降は大阪で育つ。2004年、『あおい』で小説家としてデビュー。’07年に『通天閣』で織田作之助賞、’13年に『ふくわらい』で河合隼雄物語賞、’15年に『サラバ!』で直木賞を受賞。近著に『 i 』がある。’12年、編集者と結婚。’16年7月出産。ベビーシッターの手を借りつつ、仕事と育児を両立中。

 

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