エッセイストのしまおまほさんが、今を生きるバラエティに富んだ子どもたちに出会い、話を聞き、限られた時間で彼らの本音を引っ張り出すコドモ連載。第11回目は、いつものコドモ編はお休みし、番外編として、子ども教育の専門家、幼児教育学者の小川博久先生にお話を聞いてきました。

 

第11回
小川博久先生

画像: 第11回 小川博久先生

子どもができるまでは、「子育て=躾」だと思っていました。しかし実際にやってみると「どうやらそれだけじゃないぞ?」ということに気づきました。毎日息子と接していると、「礼儀作法」「規範」「規律」以外の言葉にならない、学ぶべきことが子どもには沢山、沢山あるということを痛感します。

「~をしてはいけない」と教える前に「なぜ~をしてはいけないか」を考えられる基礎を養うべきなのでは……。近頃そんなことを考えています。とはいえ、子育てはそれぞれで、親によって、環境によっても違うもの。子を持つ友人の考えやインターネット、メディアで目にする意見にも左右されがちです。

そんなわけで、今回子どものインタビューはお休み。子育てのヒントを探るべく、幼児教育学者の小川博久先生にお話を伺いました。

 

教育学は面白くない!?

小川:よくいらっしゃいました。ドーゾドーゾ。

まほ:失礼します。ゴソゴソ……(掘りごたつに入る)。

小川:もーなーんでも訊いて。なーんでも答えますから。

まほ:はい、よろしくお願いします。

小川:昨日は補聴器がハウリングを起こしていたけど……、今日はなんとかね、ダイジョウブ。うん、うん。

小川先生は御歳81。学者歴50年のベテランなのです。

まほ:先生は、なぜ幼児教育の道に進まれたのですか。

小川:もともと、親父が学校の先生やってたの。大学、大学院で教育学を学んでいたんだけど、学校で習う "教育学" って面白くねーなって思ってた。だから、学生運動の連中と読書会開いたり、政治活動にも参加したり。そっちのほうが面白かった。一時はジャーナリストを目指そうと思ったこともある。編集者の友人とマルコムXやカストロとチェ・ゲバラの手紙、アイザック・ドイッチャーの論文などを翻訳して読書新聞に掲載したり……、とにかく勉学の面白さを常に求めていたね。

まほ:"教育学" は面白くなかったんですか。

小川:授業がクソつまんなかった。

まほ:(笑)

小川:まあ、それでも卒業して、北海道教育大学の釧路校ってところに勤めたわけ。そうそう、ある時NHKの地方局で、高校生のアナウンスや朗読のコンテスト番組の審査員をやってね。東大出身の部局長と意見が一致して、その人に誘われて飲みにいったんだよ。そこでさ、“オヒョウのエンガワ” を食べたんです。知ってる? “オヒョウのエンガワ” って。

画像1: 教育学は面白くない!?

まほ:知りません。

小川:オヒョウって、でっかいカレイみたいなやつ。初めて食べたんだけどさ、あいつのエンガワがうまかったんだよ~。

:パパ、話が逸れてる。

小川:ああ……そうか。

:シマオさん聞きたいことがあるんだから。

小川:すぐ脱線するから、気をつけて。

まほ:自分で言ってる(笑)。

小川:それで……なんだっけ。

まほ:高校生の審査員をして……。

小川:ああ、そうそう。まあ、それで北海道の後に東京へ戻って、東京学芸大学の幼稚園教育に勤めた時に、幼児教育の研究に転向するんだな。

まほ:結局、教育学には進まれなかったんですね。

小川:学問でも、高校生の朗読でも「遊びの精神」が大切だと思ったの。真面目だけじゃなくて、楽しむ、喜ぶ。楽しむ、喜ぶことの原点は子どもの頃の遊びだってね。わたしも自分の幼児期に楽しかったことは強烈に覚えている。子どもの頃に住んでいた伊豆大島の海で、夏になるとお昼すぎから夜まで……。そうだなあ、8時間は夢中で遊んでいたなあ。

まほ:海で8時間! ふやけそう。

小川:親父に怒られたけどね……。しかし、その遊びへの集中力こそが保育の神髄だと、わたしは思う。

まほ:神髄……!

小川:保育は「遊びを援助すること」というのが現在の定義だけれど、これほど難しいことはないの。わたしも長年やってきて、やっと最近気づいた。あのね、「遊びを援助」するなら「遊びを読む」ことができないとダメ。

まほ:「遊びを読む」……とは?

小川:サッカーでも、攻めている時はトコトン攻めるでしょう。その反対で、ダメな時にがむしゃらになったって、余計ダメになるだけ。いずれも、監督が先を読んで冷静に判断することが必要。選手が "ノって" いる時は、監督も一緒にその高揚感を共有しつつ、指揮をとる。これが難しい。

まほ:なるほど……。親は "監督" なんですね。

小川:いわゆる "ノリ" を幼児期に知ることが大事だと、わたしは思う。興奮して、集中して、全ての感覚が研ぎすまされる。その時にベストの判断ができる。それは平常時の客観視とはまったく違う。それによって素晴らしい結果をもたらす。いわゆる「神憑った」状態。この間の羽生結弦のようにね。

まほ:たしかに、あの時のユヅは神憑っていた……!

小川:完全に浸り、精力的に集中している状態のフロー感覚。これを幼児期に体験していることが大切。

まほ:子どもは飽きっぽいとよく言われたりもするけど……。

小川:それはない。飽きっぽいからと、次はアレ、今度はコレとやらせるべきではないと思う。子どもは「過剰体験」ができるし、すべきだと思うよ。ただ、今の日本の社会が「我を忘れる」ということを良しとしているのか? といえばそうとは言えない。

まほ:たしかに、子どもって一度没頭すると際限がないですよね。オモチャ売り場とか。

小川:気がついたら何時間もたっていた、なんてことが幼児期に体験できたら理想ですね。今の保育園でフロー体験はなかなか……難しい。でも、日本には昔から「祭り」がある。祭りは集団でリズムをつくってフローを体験する。日本人はフローの集団体験は得意なの。

画像2: 教育学は面白くない!?

 

子どもに関心を持ちながら、
同時に放っておくこと

まほ:最近構い過ぎはよくないと思い、子どもを放っておくことが多くなりました。ただ、あまり放任だとそれはそれで良くないのでは……と不安になったり。

小川:まず、子どもの動きを束縛しないことが大切。だから、放っておくことは構わないの。けれど、関心を失わないことが重要。注視する、そして子どもの手の内を読んで、その上で放っておくの。

まほ:それはそれで難しそう。手を出す方が簡単だったりしますよね。

小川:可愛いから手厚く、と思ってしまうけれど、手薄にすることもしないと。ご飯をつくる時に子どもを抱っこしながら、ではなくて、子どもをそこに置いて、ということも大事。子どもにとっては、自分に向けられていた親の関心がご飯づくりに移ってしまうでしょう。そうすることによって大人が子どもにとって憧れの対象になり得るんだよね。

まほ:憧れの対象、ですか。

小川:子どもは憧れの対象となる大人の真似をしますよね。その始まりは遊び、なのだけど。

まほ:そうですね。行動も言葉も、よく真似をしますね。

小川:弟子が師匠の技を盗む、歌舞伎の家の子どもが親の舞台を観て真似をし、やがて2代目になる。そんな徒弟の関係にも近いんだ。子どもは親の生活の中での活動に憧れ、それをモデルにするの。だから、親は子どもにとって憧れの対象にならないといけない。

まほ:たしかに子どもにベッタリだと、憧れてもらえないかも……。

小川:ファン心理だから。その距離感が大事。

まほ:逆の立場になることがあるかも……、親が子どものファンになっているような。さじ加減が難しいですね。注視はしなければいけないけれど、手は出さず。憧れの対象になる。いわゆる……ツンデレ?

小川:そのためには定点観測を欠かさないことが必要。子どもは自ら育つもの、ということを忘れないで。

まほ:「親はなくとも子は育つ」と、わたしの両親はよく言っていました。

小川:自分の意思で動き、モチベーションがあり、人格がある。その認識をしっかり親が持たないと。

まほ:子どもの意思は二の次に、こちらの都合で動いてしまうことも多いです。

小川:親の都合も大切だからね。そこで定点観測が大事なの。子どもが自分で動くタイミングで、親はサッと手をひく。その時間を自分にあてる。そのペースをうまく掴んでアレンジできるようになれば良い。まあ、なかなかそうもいかないけれど。

まほ:手を出さなくてよいところで手を出したり、声をかけてしまって、遊びの流れを断ち切ってしまったな、と思うことがあるんです。それをキッカケに「構ってモード」になってしまい、失敗したな……と。

知っている歌を歌っていたから、思わずその先を歌ってしまったり、ついつい気になって「何してるの?」と言っちゃったり。でも、その時こそが集中の入り口だったのかもしれません。

小川:子どもは幼児期という、大人とは異なる生き方のフィルターを通して育つからね。それはわたしたちも同じ。わたしなんか、弟が庭にしたウンコの上にジャンプして乗っかったことなんか、今も鮮明に覚えているからね。

まほ:……その思い出が先生を学芸大名誉教授にさせたんですね。

小川:そうだよ! ホッホッホッ!

画像: 子どもに関心を持ちながら、 同時に放っておくこと

 

インタビューを行う前、先生に「子どもが癇癪を起こすのですが……」とか「愚図った時は……」、なんて質問を用意していたのですが、先生のお話は最初から核心をついていてとても興味深かったです。子どもの発達のリズムを把握して、自ら育つのをサポートする。躾にしろ教育にしろ、そんな基本が大切なのだと納得しました。

最後に、子どもを叱る時の心構えを先生に教えていただきました。それは「嫌なことから逃げない」。本気で叱ることは親にとっても辛いこと。でも、その「対決」から逃げてはダメ、と先生。

「お父さん、叱ってちょうだい」と責任を他人に押し付けることは「サイアク」。ちゃんと大人の責任と覚悟を持って、子どもと向き合いなさいと先生に教えられました。わたしには耳が痛い言葉でした。

今の自分を支えているのは楽しかった子ども時代の体験の数々。そして、そこにはいつも見守ってくれていた両親がいました。最初からうまくはできないけれど、いつか名監督になって息子と最強のチームになれたら。

先生の教えを胸に、日々を過ごしたいと思います。

つづく

 

PROFILE

小川博久 Hirohisa Ogawa
1936年、東京都生まれ。早稲田大学教育学部教育学科卒業。東京教育大学大学院博士課程修了。北海道教育大学教育学部助教授、東京学芸大学名誉教授、日本女子大学教授を経て、聖徳大学教授。専門は幼児教育学。著書に『遊び保育論』(萌文書林)、最新の共著に『授業実践の限界を超えて』(ななみ書房)などがある。

 

しまおまほ Maho Shimao
1978 年生まれ。エッセイスト、イラストレーター。主な著書に『ガールフレンド』『マイ・リトル・世田谷』(共にスペースシャワーブックス)などがある。

 

Text・Illustration:Maho Shimao Composition:Tomoko Ogawa Design:Shinji Nemoto

 

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