画像: ブラウス¥52000、パンツ¥37000( ユナヒカ )

ブラウス¥52000、パンツ¥37000(ユナヒカ

一人一人、好きな食べ物や個性が異なるように、妊娠や出産の仕方、子育てだってみんなと同じじゃなくてもいい。親子の数だけ子育ての仕方もあっていいはず。子どもと向き合う時間は限られているからこそ、子どもの成長を感じて笑い、ときに悩み、ときに泣き。親はみな無我夢中で子を育てている。

そして現在進行系で子育て真っ最中のパパとママに話を聞く「子育て、私の場合」。国民的女優であり2児の母でもある木村佳乃さんにロングインタビュー。女優、母、妻。3つの役割を担う彼女にとって「大事にしていること」とは……。

 

仕事と育児。うまく両立
できてないし、それでいい

「いまは大変ですよね。でも慣れます。人間は対応していく生きものですから」

仕事に復帰したばかりの新米ママ編集者が育児の大変さに目が回り仕事との両立に悩む日々だと話したら、彼女はそう言ってニッコリと笑った。

「大丈夫。絶対に大丈夫になります。深く考え込まないことです。なんにしても。なるようにしかならないから(笑)」

女優であり、2人の女の子をもつ母であり、そして妻であり。その凛とした佇まいから、ついパーフェクトな「家族のカタチ」をイメージしてしまうけれど、極意は意外にも「上手に手を抜く」ことだと彼女は言う。

「毎朝5時に起きて家事をして子どもたちのお弁当をつくって。でもそれは、子育てをするお母さんならみなさん同じようなスケジュールですし、大変さも同じです。仕事に割く時間が多いぶん、家のことがおろそかになってしまうことが私の場合はありますし、仕事をもつお母さんたちはみんなそうだと思います。

でも、完璧を求めても無理なものは無理。時間には限りがありますから、自分のできる範囲でやるしかない。疲れたら、『疲れた!』って言って寝るんです。疲れ果ててソファで気を失うことは私もしょっちゅう。だから、上手に手を抜くことですね。上手どころかいっぱい手を抜いてますけれど、私は(笑)」

 

「絶対にやりたい役があったから」
産後2ヶ月での復帰を決意

木村佳乃さん。41歳。結婚し、家庭を築いたのはいまから8年前、2010年のこと。

「結婚について具体的には何にも考えてなかったんです。お仕事は楽しいですし、30代前半でしたし。もともと将来の夢がお嫁さんというタイプでもなく、結婚願望がなかった。何歳までに結婚してどうこうといった人生設計は何もなくて。ただ、子どもは好きでしたから、いつかは結婚して、うちの母のようになりたいなという思いはありました」

――じゃあ、勢いで結婚をしたという感じでしたか?

「そのときのタイミングですよね。ご縁だったと思います」

現在、長女が6歳、次女が4歳。子どもたちの年齢が近いのは、当時30代後半だった自身の体力を考え「少しでも早いほうがいい」という決断だったそう。

「でも、上の子と2歳差と言っても、厳密には1歳半の違いなんです。授乳していたときとか、下の子が泣くと上の子も泣き出して、それはもう大変なことになるんです。全然眠れない時期もあったと思います。でも、その辺の記憶はもうないんですね。つらかったことは忘れちゃうんです(笑)。1人目のときは産後5か月、2人目のときは産後2か月でドラマ復帰しました。とにかく寝不足だったことはよく覚えています」

――それにしても、かなり早い復帰ですよね。産後2ヶ月でようやく外に出られるようになると聞きます。心も体も出産ショックからなかなか立ち直れない人もいるそうですが。

「2人目のときは経験がありましたからね。ただやっぱり、いい仕事に出会ってしまうとやりたくなってしまうんです。1人目のときは、最初にやった仕事が『はつ恋』(12年)というドラマだったんですが、これはもう、中園ミホさんの脚本(ホン)がすっごく面白かったから、絶対にやりたいと思ったんです。

まだ授乳の最中でしたから、仕事中はどうするのか、誰に子どもも面倒を見てもらうのか、そういうことはまったく何も考えず、ただ『やる』ことだけを決めて。後のことはどうにかなるかなって。行き当たりばったりなんですよね(笑)」

 

テレビを見てゴロゴロ
焦りもなく楽しかった妊娠ライフ

画像: テレビを見てゴロゴロ 焦りもなく楽しかった妊娠ライフ

19歳でこの仕事を始めて以来、ドラマに映画にとずっと忙しく過ごしてきた。

「忙しくするのが大好き」と公言する彼女にとって、女優業はもはや仕事ではなく、木村佳乃というアイデンティティを形成するものであり、育児や家庭と「両立」を目指すべきものではなく、彼女の人生そのものなのかもしれない。

「妊娠したときはさすがにお休みをしました。ただ、1人目を妊娠したときに、一日中家の中で何をして過ごそうかなと思っていたんです。意外と楽しかった。朝起きて、TVを観ながらゴロゴロして、家事をして、友だちとご飯食べたりして。それはそれで結構楽しいなって」

――焦りや不安はありませんでしたか? 出産後に復帰できるだろうかとか。

「まったくなかったですね。というか、あんまり何にも考えてなかった(笑)。私は、独身時代から一人で行動するのが好きなんです。一人で旅行にいったり、買い物にいったり、常に誰かと一緒にいたいと思うことは全然なかった。

でも、妊娠してるときにすごく面白かったのは、ずっと誰かと一緒にいるなという感じがして。それはそうなんです、お腹にもうひとつ心臓が入っていますから。検診にいけば、小っちゃくても誰かいるぞってわかりますし。これはすごく不思議な感覚で面白いなって。

だから、もうすぐ産まれるとなったとき、『あ、寂しいな』と思ったんです。お腹から出てしまうのが寂しいなって。すごく楽しかったんです。ずっと誰かと一緒にいるという感じが。自分の体なのに自分の体じゃない感じというか。だから、産んだら離れちゃうんだと思うとちょっと寂しかった。会えるのはもちろん楽しみだし、出産に対して怖いという思いもなかった。産まれたらお腹の中にいるときよりもずっと一緒にいることもわかってる。でも、ずっと誰かと一心同体で一緒にいるというのがとっても不思議な感覚だったんです。

一人で映画館に行っても一緒。私、ホラー映画観るのが大好きなんです。胎教に悪いかなと思いながらもちゃっかり観てました。R18映画も観てましたから(笑)。感情を共有するものが自分の中にもう一人いるというのが楽しかったんです」

石橋を叩いて渡るより、「面白そう!」とインスピレーションが湧いた方向へ。彼女の話を聞いていると、そんなモットーがうかがえる。

もちろん、いろいろ悩みはあるけれど、深く悩まない、考え込んだりもしない。潔いというか、男前というか、気っぷがいいというか。それが彼女ならではのスタンスだと感じる。

「そんなふうにできるのも、仕事に恵まれているからだともちろん思います。私たちの仕事って、緩急があるんです。仕事が入っていないときはずっと休みですから、毎日幼稚園の送り迎えをしたり家のことしかしませんし。お医者さんのように急な呼び出しがあるとか、そういったこともないので、その辺はメリハリがつく仕事なんですよね」

――でも、木村さんがロケで家を空けることもあったりしますよね?

「泊まりのロケに行くようになったのは、大河ドラマの『真田丸』(16年)からなんです。子どもたちにはちょっと寂しい思いをさせてしまうときもあると思います。様子が変わるみたいなんです、姉妹でケンカが多くなったり。

でも、最近は字を書くようになったので、夜遅くて会えなかったり、ロケで家を空けたりするときはお手紙を書き合っています。交換日記のようにお手紙交換をして。というか、私のほうが寂しいかもしれません。ずっと一緒に寝ているので、ロケに出て一人で寝ることに慣れなくて。よく探しちゃうんです、あれ、どこ行った? って(笑)」

木村さんといえば、最近は、『世界の果てまでイッテQ!』での活躍も話題になった。イモトアヤコさんとタメをはる眉毛を描いたり、熱湯風呂に挑戦したり、ストッキング相撲をしたり、AKBのダンスに挑戦したり。

クールな見た目とはギャップのある「天然」な姿に、視聴者の多くは驚くと同時にお腹の底から大笑いし、大いなる親近感を抱いたと思う。しかも面白いのは、彼女はオファーがあったから出演したのではなく、自らがプロデューサーに「出演させてください」と直談判し挑戦したこと。

「子ども向けのものをやりたいと思ったんです。自分の子どもに観せるためではなく、子ども全体に向けて、家族全員で安心して観られる番組に出させていただきたいなって。それがキッカケなんです。『イッテQ!』は毎週楽しみに観ていましたし、いまも観ています。ただ、番組に出たときは、うちの子どもはまだ小っちゃかったので、あんまりよくわかってなかったみたいですね」

――いまはどうですか? お母さんのお仕事はわかっている様子ですか?

「うーん。ハッキリ説明をしていないので、どのくらいわかってるかは不明なんです。働いていることはわかっていると思いますが具体的には理解していないんじゃないかなと思います。テレビに出ているということだけはわかっているでしょうね。

あと、去年、NHK朝の連続テレビ小説『ひよっこ』に出ていたときは、毎日観ていました。ただ、『ひよっこ』っていう仕事だと思っていましたね。劇をしている、というのはわかってると思いうんですが、『大人のおままごと』だなっていう感じで。ただ、他のお母さんも劇をするものだと思ってるんです。『大人は劇をするものだ』って(笑)」

 

ロンドン、ニューヨーク
海外で過ごした中でカルチャーに触れる

ところで、彼女自身はどういった幼少期を過ごしていたのだろう。プロフィールによれば、1976年、イギリスのロンドンで生まれ、中学生の頃にはニューヨーク暮らしも経験。パワフルでポジティブな生き方は、そういったバックグラウンドが影響しているのだろうか。

「どうだろう。ロンドンは3歳までいましたが、あんまり記憶はないですし。とにかく普通の子でした。取り立てて何かに秀でていることもなく。勉強もスポーツも全然ダメだったですし。4月生まれなんで、身長は高かったりしましたが、次女ですから、クラスをまとめるお姉さん的存在でもなく。好きな教科は……国語かな。本が好きだったから。

あと、おばあちゃん子でした、私は。祖母は亡くなるまでずっと一緒に住んでいたんです。よく一緒に相撲を観たのを憶えてますね。マラソン中継とか(笑)」

――では、中学生の頃に経験したニューヨーク暮らしはどうでしたか? カルチャーショックを受けたことは?

「私が過ごしていたころは、あまり治安が良くない時期だったと思います。だから、カルチャーショックだったことといえば、世界には危ない場所があるということを知ったということ。日本って安全なんだなって。

あと、音楽が好きになりました。これは大きなカルチャーショックだったかも。ヘビーメタルラップが大好きになったんです。ニューヨークで大流行していましたから。当時、MTVという音楽チャンネルをよく観ていて、それを観てこれは楽しいぞって。CDも日本に比べれば安いですから、たくさん買って。いまも音楽は大好きです。ブルーノ・マーズにハマってますね。レディー・ガガとか。子どもも一緒に聴いて踊ってます(笑)」

後編へ続く

 

PROFILE

画像: PROFILE

木村佳乃さん Yoshino Kimura
女優。1976年東京都出身。1996年にドラマ『元気をあげる~救命救急医物語』でデビュー。フジテレビ系ドラマ『名前をなくした女神』、『僕のヤバイ妻』、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』、NHK大河ドラマ『真田丸』、映画『告白』、『相棒』など出演作多数。大人気絵本の映画化『パパはわるものチャンピオン』が9月に公開予定。

Photo:Tetsuo Kashiwada Styling:Atsuko Saeki Hair&Make-up:Riho Takahashi(Three Peace) Text:Izumi Karashima Composition:Shiho Kodama

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