画像: #10 “孤育て”から救ってくれたパートナーの神々しさ

LGBT家族のお正月と
子供の一時帰国

昨年夏からアメリカに留学している上の子(私の実子で長男)が、お正月に帰ってきました。今の時代、SkypeやLINEもあるのに、留学してから半年間、ほぼ音信不通。まったく男の子というのは、こういうものなのでしょうか? そんな上の子が帰ってくるというのは、今年のお正月の楽しみでした。

そもそも“家制度”と相性の悪いLGBTの人にとって、お正月というのは一年で最も難儀なイベントです。我が家の場合、例年、お正月には家族がバラバラになります。娘はお父さん(麻ちゃんの元夫)のところへ、私と息子たちは私の実家へ。そして仕事の忙しいパートナーの麻ちゃんは、うちに残って一人で過ごすのがスタンダードな過ごし方。

普段なら平気なのに、お正月に限っては兄弟の “普通の家族” に会って、気持ちがグラグラしたり……。やっぱり、お正月って血縁の縛りを肌身で感じてしまうものなんですよね。例年は家制度と相性の悪い自分たちを再確認して、また気持ちを新たに一年がスタートするのですが、今年は彼の好物を作りまくる楽しい冬休みとなりました。

上の子は現在、アメリカの中でもLGBTに寛容といわれる西海岸で暮らしています。大学にもごくごく当たり前にLGBTの子がいるそうです。少し前の授業で発表があった時は、学生の1人がカミングアウトしたそうですが、周りも特に驚くでもなく、自然に受け入れていたのが印象的だったと話してくれました。大学にはLGBTのサークルもあって、ときどきイベントを開いていて、当事者だけでなくノンケの人も気軽に参加するそうです。当の本人はサークルに参加するほど興味もないようですが、それでもLGBTが特に珍しくもない環境は、気楽ではあるようです。

 

パートナーと私を結びつけた出来事

もともと、上の子はとてもよくしゃべる陽気な子どもで、長い間、我が家の要でした。一緒に暮らし始めた私たちが、本当の家族になるまで、それぞれをつなぐ磁石のような役割を果たしていたのです。そもそも私と麻ちゃんが仲良くなるきっかけを作ったのも、上の子でした。

ある冬の寒い日のこと。当時2歳になったばかりの上の子が風邪をこじらせ、看病をしているうちに私まで風邪をひいてしまい、ひどい状況になっていました。当時の夫との結婚生活がうまくいっておらず、いわゆる“ワンオペ育児”の真っ只中! そのことを親に話していなかったので、実家とは疎遠になっており、親を頼ることもできません。ついでに肝心の夫は、浮気相手と出かけて帰ってこない! もう「世界には、この子と自分しかいないのね……」という孤立感にさいなまれる私は、絵に描いたような孤独な子育て、“孤育て”にハマっていたのでした(この言葉を知った時、なんて自分にピッタリの言葉だろうと思いました)。体調が悪い時の“孤育て”は、精神的にギリギリのところまで追い詰められます。グズる上の子の泣き声を聞きながら、熱と心細さで気が遠くなってきたその時……。

突然“ピンポーン!”と呼び鈴が鳴ったかと思うと、「近くまで来たから、寄ってみたよー!」という元気な声。その声の主こそ、半年前に飲み会で知り合った麻ちゃんでした。仕事でたまたま近くに来たようで、まだ仲良くもなかったのに、いきなりウォッカの瓶を片手に、呑んだくれのおやっさんのような格好で現れたのです! 一目見て私たちのひどい状況を感じとった麻ちゃんは、「タクシーを呼んで、すぐ大きな病院に行こう」とテキパキと動き出し、上の子と私を抱え、病院に連れていってくれました。その麻ちゃんの姿は本当に素晴らしくて、ボロアパートの玄関に後光が差したように見えました。

病院の救急窓口に飛び込むと、上の子は喘息と診断され、そのまま即入院ということに。そこで気が抜けたのか、私まで病院でぶっ倒れたものだからさぁ大変。具合が悪い時は、いつにも増して私以外の抱っこを受け付けない上の子でしたが、本能で「今頼れるのはこの人しかいない!」と思ったのでしょう、ヒシッと麻ちゃんの腕に抱きつき、一度も泣かなかったそうです。「あの時、上の子と自分に絆ができたんだ」と、麻ちゃんが言うとおり、確かにそれから上の子はとてもよく懐きました。そして麻ちゃんが良き遊び相手になってくれたことで、私とも仲良くなっていったのです。

それ以来、麻ちゃんの上の子への熱中ぶりは、すごいものがありました。話題の中心はいつでも上の子、メモやカレンダーの片隅には上の子の似顔絵が必ずと言っていいほど描かれていたし、「今日はこんなことを言った」とか「こんなことをした」と、一挙手一投足を日記に書きそうな勢いでした。むしろ「私が上の子のオマケだったのでは!?」と思うほどの入れ込みようで、可愛がってくれたのです。上の子も上の子で、麻ちゃんにはお気に入りのお菓子を気前よく分けてあげたり、戦隊ヒーローごっこで麻ちゃんを悪役に仕立てても、殴りも蹴りもしませんでした。まさに相思相愛(?)の幼少期だったのです。

 

やっぱり言っちゃった、その言葉……

れから月日は流れ、上の子も大きくなり、順調(?)に思春期に入りました。陽気でおしゃべりだった子が、むっつりと不機嫌な顔をして黙り込み、部屋の片隅でずーっとスマホを眺める姿は「仕方がない」と思っていても、なかなか気が滅入るものです。麻ちゃんはその様子を“不機嫌なランプ”と呼んでいました。なんでもスマホの明かりを受けて、不機嫌な顔がボーッと光るからだそうです。

そんな“不機嫌なランプ”になった上の子を眺めながら、私にはずっと恐れていたことがありました。それはいつか、上の子が麻ちゃんに向かって「親でもないくせに!」と言うのではないか……ということです。

血縁が無いにもかかわらず、上の子と麻ちゃんは本当に仲良しでした。私が娘(麻ちゃんの実子)との関係構築にヒーヒー言っているのを尻目に、上の子にとっての麻ちゃんは、すんなりと“もう一人の親”になっていました。特に成長するにしたがって、「かぁさんじゃ話にならないから、麻ちゃんと話す!」というセリフを何度も聞かされるほど、麻ちゃんをまっすぐに信頼していました。しかし、なにしろ相手は思春期男子。相手の急所を突くために、どんなことを言うか分かりません。「あぁ、言わないでほしい。そんなことを言われたら、この家族に亀裂が入ってしまう……」と、内心震えながら暮らしていたのですが、**ついにその瞬間がやってきたのです。

思春期の男の子は、親に口出しされると、どんな小さなことでも気に入らないものです。その日も些細なことで麻ちゃんと言い争いになりました。そして怒った上の子が「俺にあれこれ言うな! 親でもないくせに!」と言ったのです。

「あぁ、とうとう言ってしまった! 麻ちゃんはどれだけ傷つくだろう! もう見ていられない……」と思った次の瞬間、間髪入れずに麻ちゃんが怒鳴り返しました。

「親でもないのに、こんだけやってもらって、むしろ感謝しろ!」まさかの言い分に上の子もギョッとして固まってしまい、言い争いは立ち消えてしまいました。さすがに、この展開は思いつかなかった! さすが麻ちゃん、常に斜め上を叩き出すおやっさん!

そういえば、上の子がアメリカに行くきっかけを作ったのも麻ちゃんでした。おしゃべりな上の子は、口も達者でした(このせいで思春期は口喧嘩が多かった!)「これは日本語だけじゃなくて、英語もいけるのでは!?」と、麻ちゃんが言い出して、近所の英語塾に連れていったのでした。

そのまま麻ちゃんに乗せられた上の子は、高校を卒業し、アメリカの大学に進学しました。いつ「もう帰る……」と言い出すかと思いきや、年末年始にも「帰らなくていい?」と聞いてくる始末。相当にアメリカ生活をエンジョイしているようで、それはそれでいいような、でもやっぱりさみしいような。「異国で頑張る子どもには言うまい」と頑張っていたのに、結局うちの爺さん婆さんが上の子にリークしてしまい、「かぁさん、俺に帰ってきてほしいのか?」と笑われて、今年のお正月の帰国と相成ったわけです。

私の子離れは始まったばかりです。

画像: やっぱり言っちゃった、その言葉……

 
Composition:Yoshiyuki Shimazu

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