画像: トップス¥23000、デニム¥23000(アッパーハイツ/ゲストリスト)その他はスタイリスト私物

トップス¥23000、デニム¥23000(アッパーハイツ/ゲストリスト)その他はスタイリスト私物

一人一人、好きな食べ物や個性が異なるように、妊娠や出産の仕方、子育てだってみんなと同じじゃなくてもいい。親子の数だけ子育ての仕方もあっていいはず。子どもと向き合う時間は限られているからこそ、子どもの成長を感じて笑い、ときに悩み、ときに泣き。無我夢中で子を育ててきた。

そして現在進行系で子育て真っ最中のパパとママに話を聞く「子育て、私の場合」。
今回は、5歳と2歳の男の子のママとして日々奮闘する中村仁美さんに伺った “かぞくの幸せの形” とは……?

 

20代の頃は結婚したら
人生が終わりだと思っていた

2人目の出産から2年
すっかり仲良し兄弟に

フジテレビのアナウンサーとして15年間、数々の番組で活躍してきた中村仁美さん。昨年7月に退社し、フリーになった現在も、元気いっぱいな男の子2人を育てながら、忙しい毎日を送っている。

「次男が生まれた当初から、主人は長男を気づかっていて。『とにかく、この子がさびしい思いをしないように』と、家に帰ってきたら、まずは長男を抱っこしたり、長男の前では赤ちゃんをかわいがりすぎないようにしたりしていましたね。そのおかげか、長男が赤ちゃん返りをすることはなかったんですが、今思うと……やっぱりちょっと不安定になっていた時期もあったかな。だいぶ落ち着いたのは、次男が生まれて1年ほど経った頃。次男も一人で動くようになり、兄弟でコミュニケーションを取り始めてからですね」

男の子は具体的にほめて
伸ばすのが子育てのコツ

中村さんは仕事で培ってきたコミュニケーション力を子育てに発揮。今、次男への声がけの際には、長男の話をからめるように心がけている。「あえて長男も聞いているところで、下の子に『お兄ちゃんみたいに上手にできる?』とか『お兄ちゃんみたいに早く食べられるかな?』と言っています。ほめるときも『お兄ちゃんみたいじゃん!』って。

次男は長男に憧れるし、長男は自尊心をくすぐられて嬉しそう(笑)。長男にも『あの時、あなたが手伝ってくれたから、弟も泣き止んで、ママは本当に助かったよ』とか『あなたが描いた絵を見ていると、優しい気持ちになる』か、いつも具体的に伝えるように意識していますね」

大好きなママにそんなふうに言ってもらえたら、子どもはどんなに嬉しいことか。ますます張り切って、ママを喜ばせてくれるに違いない。

「男の子はほめられるのが大好きだから。うちは主人も子どもっぽいので、そこは息子たちと同じ。もう一生変わらないですね(笑)。

以前、タモリさんが『女の子は生まれたときから女の子だけど、男の子は親がどんどん男の子脳に育てていかなくちゃいけない』って仰っていたんですよ。女の子は言葉に出さないことも感じ取れるかもしれないけれど、男の子はたぶん言わないと分からない。うちには男の子が3人もいるので(笑)、なるべく言葉できっちり伝えていこうと思っています」

実は中村さん、結婚する前は「結婚したら終わりだな」と思っていた時期もあった。

「巷には女子アナ30歳定年説もありましたし、家庭を持つことに対し、ちょっとマイナスな気持ちがあって。全然楽しみじゃなかったんです」

しかし、いざ結婚して、母となったその先には、若い頃には想像もしていなかった幸せな日々が待っていた。

「息子たちが朝から2人でキャッキャッと笑い合っている姿を見ているだけで、もうかわいいな~って(笑)。道義的な意味ではなく、ただ単純に兄弟が仲よくしている様子が、親をこんなにも幸せな気持ちにするんだ! ということを初めて知りました」

 

勝つか、負けるか。
白黒しか知らない私に “グレーの存在” を教えてくれたのが子どもだった。

画像: 勝つか、負けるか。 白黒しか知らない私に “グレーの存在” を教えてくれたのが子どもだった。

世の仕事を持つ母親たちと同様に、中村さんもまた数々の葛藤を抱えながら、アナウンサーの仕事を続けてきた。

「1人目の産休中、テレビ番組でオリンピックの中継をする同僚の姿を見たとき、キラキラと眩しく感じました。それで職場に復帰したときは、なるべく独身時代に近い仕事をしたかったんです。でも2人目の産休後は真逆でしたね。毎日があまりにも大変で……。

仕事の時間が不規則な主人はあてにできず、実家も遠く、ぜんぶ一人で抱えこんでいました。本当はもっと前から私の中で、アナウンサーという仕事はやりきった感があったはずなのに、復帰したからには、ちゃんと仕事をやらなければというプライドもあったりして……そのジレンマがすごく苦しかったですね」

悩みに悩んだ末にフジテレビを退職してから、半年近くが経った。「仕事に恵まれていて、本当にラッキーだった」と局アナ時代を振り返る中村さんの笑顔はすがすがしい。

「私の能力的にはこれ以上もうない、と思えるくらい、15年間さまざまな仕事をやらせていただきました。私がアナウンサー人生に悔いなし! と思えるのは、フジテレビの懐の深さのおかげですね」

思い起こせば、子どもを出産するまでの中村さんは、何事にも常に全力で、駆け抜けるような人生を送ってきた。

「中学受験の頃から大学受験まで1点の差を争うような環境で生きてきて、中学・高校の6年間所属していた陸上部でも0・01秒までを競う毎日で、とにかく白黒はっきりさせる世界だったんですよ。でも、白か黒、勝ちか負けしかない、という感覚は、社会に出てからしんどくなりましたね。

出産して子育てはそうじゃないとわかったことで、今はグレーがあっていいじゃないと素直に思える。自分の経験も踏まえて、将来、子どもには点数だけで評価するのではなく、なるべく経験を重視したような環境を与えてあげたいなと思っています」

 

相手の気持ちを待つことの
大切さを子どもから学んだ

母になって一番大きく変わったところは「待つ」ということだと、中村さんは言う。

「子どもの気持ちを持ち上げたり、状況を整えたりすることに、これだけ時間がかかるんだと(笑)。先日、長男と補助なし自転車の練習をしていたとき、私が『もうペダルに足を乗せればこげるよ』と言っても、息子は『まだまだ』と言って、ずーっとバランスを取る練習をしていたんですよ。

乗れるのになぁ、でもまぁいいかと思って、しばらく黙って見ていたら、息子が自分から、自分のタイミングでペダルにスッと足を乗せてこいだんです。それを見たときに、あ、そっか、やっぱりこうやって待たなきゃいけないんだなと。彼には彼のタイミングがあって、私のタイミングじゃない。私の子どもではあるけれど、ひとりの人として、子どもの気持ちをもっと尊重しなくちゃいけないなぁ、とすごく思いましたね」

 

大竹さんもついに
50歳になったんです。
とにかく “健康でいてね”
と願うばかり。

画像: 大竹さんもついに 50歳になったんです。 とにかく “健康でいてね” と願うばかり。

中村さんのご主人はご存知、人気お笑いコンビ “さまぁ~ず” の大竹一樹さん。ふだんはひょうひょうとしたスタンスの大竹さんも、かわいい子どもたちにはめっぽう甘い。

「私が『なんでこんなことしたの?』と息子を叱ると、主人が『おまえの気持ち分かるわ~。俺でもやりたくなる』って。俺は味方だからねといわんばかりに子どもの肩を持とうとするんですよ(笑)」

大竹さんの作戦が功を奏してか(?) もちろん子どもたちはお父さんが大好きだ。

「私が何気なく『〇〇くんのパパは救命救急センターのお医者さんなんだって。かっこいいね』と言ったら、長男がすかさず『うん、でも僕のパパのほうがかっこいいもん』って(笑)。

ふだんから私が子どもに『人を笑わせることって、一番難しいんだよ。それをパパはやっているの。かっこいいでしょ?』と言っているので、その影響かな。主人のライブも毎回必ず見せにっていて、すごく楽しんでいますね。息子にとっては自慢のパパなんだと思います」

 

親が我が子に対して抱く
究極の望みとは――

退職して “フジテレビ社員” という長年の肩書がなくなった後、中村さんはふと不安にかられたことがある。

「居場所がないというか、味方がいないというか……それで思わず主人に『フリーって怖いね』と言ったら、彼がポツリと『だから俺には家族と三村しかいないもん』って。フリーの人にとっては “家族” って、より大事な存在になるのかもしれませんね」

ちなみにご夫妻の年齢差は12歳。先日、大竹さんは50歳の誕生日を迎えた。

「社会に出てからの年数も経験値も全然違うから、負けず嫌いの私も主人のことを尊敬しているし、張り合おうと思わない。毎年、夏と冬の家族旅行の行き先の決定権を握っているのも主人ですね。とにかく日焼けをしたい人なので、乾季のあったかいところ、というのは決まっていて。ただいつもビーチかプールで過ごしているので、旅の記憶がぜんぶごっちゃになっています(笑)」

自分が納得する旅がしたいからと言って、交通や宿など諸々の手配はすべて大竹さんが担当。やはりそこには家族への深い愛が感じられる。

「子どもと一緒に過ごせる時間が、若いパパより絶対的に少ないことはすごく考えているんだろうなと思いますね。どうか健康で長生きしてください、と願っています(笑)。

そういえば、以前主人に『子どもたちに将来どうなってほしい?』と聞いたとき『そんなの “無事” しかねえよ』っていう答えが返ってきたんです(笑)。子どもに無事でいてほしいなんて、当たり前じゃん! と思ったんですけど、考えてみると、今の幸せって、決して当たり前じゃないですよね。誰もが危うい中で生きているのに、毎日こうやって幸せだと感じられる。それってすごくありがたいことなんだなと、時々ふと立ち止まってはかみしめています」

画像: 息子たちが愛用している食器セットは、出産祝いに友人からいただいたもの。カップはイニシャル入り。

息子たちが愛用している食器セットは、出産祝いに友人からいただいたもの。カップはイニシャル入り。

 

PROFILE

画像: PROFILE

中村仁美 Hitomi Nakamura
1979年6月8日、神奈川県出身。お茶の水女子大学卒業後、2002年フジテレビに入社。私生活では’11年に、さまぁ~ずの大竹一樹さんと結婚。’12年に長男、’15年に次男を出産。’17年に退社し、現在はフリーアナウンサーとして活動中。

 

Photo:Keiichi Sudo Hair&Make-Up:KUBOKI(Three PEACE) Styling:Makoto Fukuda Text:Keiko Ishizuka Composition:Shiho Kodama

ご感想や応援メッセージ

掲載作品に対するご感想や応援メッセージが、こちらの送信フォームよりお送りいただけます。

なお感想以外のご質問、ご意見、ご要望、苦情などは、このフォームからお送りいただいても返信、対応ができかねますので、あらかじめご了承ください。

メッセージ送信にあたり、当社の個人情報保護方針をご確認ください。
講談社プライバシーポリシー

This article is a sponsored article by
''.