画像: 子育て、私の場合
【前編】枝野幸男さんインタビュー

この秋、立憲民主党結成前日、「欅坂46の『不協和音』をカラオケで歌いたい」と漏らした枝野幸男さんは、とりわけ好きだという「一度妥協したら死んだも同然」というフレーズそのままに、妥協を許さぬまま選挙期間を駆け抜けた。

しかし、この日インタビューの現場に現れた彼は、信念を胸に永田町に大きな風を吹かせた新党の党首というイメージからは、だいぶかけ離れていた。

いつも時間に追われ、子どもの相手も家事分担もままならず、半ば忸怩たる思いを抱いているとのことだが、双子の息子たちの話になると「僕に似て、負けん気が強くてね」と相好を崩す。

今朝も洗濯物を干してきたというので、すごいですねと相づちを打つと、「僕なんてまだまだ。こんなんで家事を手伝っているなんて言ったら、ホント、妻に怒られますから!」と、顔の前で手を大きく左右に振る。
どこにでもいる、子ども好きのお父さんが、そこにいた──。

 

2年の不妊治療の末に授かった
双子の、大変すぎる育児に驚愕

「2年の不妊治療の末に授かったのは双子でした。当時、妻は37歳、僕が42歳。不妊治療は、精神的にも肉体的にも妻が辛そうでしたね。もちろん経済的にも負担は大きいです。で、いざ生まれてみると、これまた子育てが想像以上に大変で。

こっそり手伝いをあてにしていた大宮在住の義父母は高齢で、育児は厳しいとわかり、悩んだ結果、東京で自分たちでなんとか切り抜けようと。

現在は子供も11歳になりだいぶ楽になりましたが、乳児の時はもう本当に壮絶でした。なにがって、双子って一緒に泣いてくれないんです。夜中、交互に泣く。妻も僕も寝る暇がない。それが一番辛かったですね」

一人が夜泣きを始めると、もう一人が起きないように枝野さんは抱っこをして議員宿舎の外をあやして歩いた。

画像: 2年の不妊治療の末に授かった 双子の、大変すぎる育児に驚愕

 

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