画像: #8 逆上するヤンママに、
ちょっぴり感謝したお祭りの夜

友だちにどう紹介されるのか、
いつもドキドキ

先日、娘の秋の文化祭に行ってきました。中学までは近所の学校に通っていたので、友だちの顔も把握しやすかったけれど、高校生にもなると親の出る幕も減り、娘の友だちに会うチャンスもなくなります。

文化祭では展示を見たり、友だちを確認したりと大忙し。娘から話に聞く友だちの顔も、イメージどおりの子もいれば、「全然違う!」という子もいて、まるでネットの初オフ会のような気分でした。

そして、こうした状況にもれなくついて回るのが、友だちにどう紹介されるんだろう問題です! 娘はパートナーの実子なので、パートナーは「ママ」でいいです。でも彼女を産んでいない私は「友だちに、なんて紹介されるんだろう!?」と、毎回ドキドキします。

少しややこしいので、我が家での親の呼び方を説明しておきますと……、
長男と次男(私の実子)は、私を「お母さん」と呼び、娘(パートナーの実子)は、パートナーを「ママ」と呼びます。

そして継(まま)親(おや)を呼ぶ時は、名前にちゃん付けです。
ですから、長男と次男はパートナーを「麻ちゃん」と呼び、娘は私を「春ちゃん」と呼びます。

近ごろのママふたりの家庭では、それぞれ「Aママ」と「Bママ」とか、「ママ」と「お母さん」という風に呼び分けている家もあるとか。あぁ~、レズビアンのバイブルとして一世を風靡した懐かしの海外ドラマ「Lの世界」みたいで憧れます。

さて、話は文化祭に戻ります。娘の展示物を見ようと教室に入ると、すぐさま友だちと一緒の娘とバッタリ! 「ハッ、なんと言うんだろう!? 」と身構えると、娘はなんのためらいもなく「あ、お母さんです!」と、元気よく紹介してくれました。ホッ……。

ただ、友だちには両親が同性カップルであることをカミングアウトしていないはずなので、「パートナーが現れたら “こっちもお母さんです!” と紹介するのかなぁ?」とか、「どっちもお母さんって言ったら、前妻と後妻に間違われないかなぁ?」とか、余計な妄想が止まりません。

まあ天然炸裂な娘のことなので、「うち、お母さん2人なんだよねぇ~」と、さらりと話してしまいそう。娘の友だちのことだし、「説明は娘にまかせよう!」と、思いました。

私が運営するLGBTのパパママサークル「にじいろかぞく」にも積極的に参加してくれる娘は、先日行われたお泊まりキャンプでも、ちびっこたちのリーダーとして大活躍。

花火の面倒を見たり、お風呂に入れたり、ちびっこたちにも好かれて、体によじ登られていました。まだまだ幼いところもあるけれど、意外としっかりしているんですよね。

 

ママでもお母さんでもない私は誰?

今では娘と2人でお出かけしたり、「ママには言わないでね!」なんていう相談をされたり、落ち着いた関係ですが、私が娘のことを “継娘(ままむすめ)” ではなく “娘” と思えるようになるには、同居から長い時間がかかりました。特に最初の5年は本当にハードで、“私にはもう二度と、スッキリ晴れやかな日は訪れないのだ” と思っていました。

相手は守るべき小さな子どもなのに、パートナーを挟んで絶対的な強者のように感じていたからです。「好きになった人に、自分より大切な人がいる」と言うと、「子ども相手に何をバカな」と言われそうですが、継娘って姑のような存在なんです。

姑なら大人だから、少しは遠慮してくれるかもしれないけれど、相手は子ども。“ママにとって、いつだって自分が最優先” と信じている分、姑よりタチが悪い! いつまでも私は新参者で、親として認めてもらえないことにイライラ。“自分だってこれまで親をやってきたし、好きな人の子どもだもん、可愛がれるはず!” と思っていたのに、全然可愛いと思えない! “子ども好きだと自分では思っていたのに、まさかの子ども相手にジェラシーですか!? ” という自己嫌悪から、また娘を余計に疎んじる……。この悪循環にどっぷりハマっていました。

娘は実の母親と一緒に暮らし、実の父親とも面会交流で頻繁に会っていました。父親は娘を溺愛しているので、お泊まりにも行けば、プールだ、映画だ、と楽しそう。さらに娘が、事あるごとにパートナーを指差して「私のママ!」と言うのが、私を一層切なくさせました。「ママ」とも「お母さん」とも呼ばれず、ましてや父親でもなく、「私は娘の一体何なんだろう……」とモヤモヤに包まれていたのです。

そんな私と娘の関係に、突然転機がやってきました。

 

「親を呼んでこい!」と言われて、
「私」参上!

その日、娘は大人抜きの友だち同士で、何百円かを握りしめて近所のお祭りに出かけました。まだ小学校の3年生か、4年生の頃です。友だちだけでお祭りに行くのは初めてではなかったので、特に心配することもありませんでした。パートナーも仕事でおらず、珍しくひとりの時間を堪能していたら、一本の電話が!

受話器から耳に飛び込んできたのは、お祭りに行ったはずの娘の声。ひどく動転していて「 “親を呼んでこい!” って言われたから、春ちゃんすぐ来て!」と、言うのです。慌てて走って行くと、神社の前には人だかり。遠巻きに騒動を見る人の輪ができあがっていて、その真ん中に固まった娘と、それを睨みつける柄のよろしくない若い女! ヤンママがいるではありませんか!

人垣をかき分けて娘に駆け寄ると、私に気づいた娘が安堵の表情を見せました。状況を聞くとこれまた変な話で。なんでも、ヤンママが停めていた自転車に、娘がぶつかって倒してしまい、前カゴに入っていたカバンが地面に落ちたというのです。ついては「カバンが汚れたから弁償しろ!」と、ヤンママが騒いでいるのです。

お祭りでヤンキーの血が騒いだのか、小学生相手にヤンママが絡むという、ワケの分からない事態。「お祭りに自転車で来ること自体おかしいよ!」とか、「百歩譲って、こんな混雑したお祭り会場で、どうして自転車のカゴにカバンを入れっぱなしにしてるの!」とか、もうツッコミどころがありすぎ。

「えぇ? まさかの当たり屋!? こんな地元で!?」と、ビックリするやら呆れるやら。するとヤンママの旦那らしき若いお父さんが、赤ちゃんを抱いて人の輪からそそくさと逃げて行く姿が……。

「もー(怒)!」という気持ちになりましたが、同時に、娘が電話で「 “親を呼んでこい!” って言われたから、春ちゃんすぐ来て!」と言ったことを思い出し、ひっどい修羅場に巻き込まれているのに、なんとも嬉しくなっていました。娘が私を「親」と、言葉にして呼んでくれたのはこの時が初めてだったからです!

結局その場は「後で、娘に何かされたら堪らない」と思い、「クリーニング代にしてください」と1000円を手渡すと、ヤンママは去っていきました(今考えると、警察呼べば良かったと思いますよ!)。遠巻きにしていたオバちゃんたちも「お金なんか払っちゃって……」と言いながら解散。お祭りを後にして、娘と家に戻る道すがら「お母さん」と呼んでもらうことに固執して、頑なになっていた私の気持ちがほぐれていくのが分かりました。

最近、娘に「アンタ、しょっちゅう麻ちゃんを指差して “私のママ!” って言ってたよね。あれ、私のことを “お母さん” って呼びたくないってことなんだろうな~と思ってた」と話しました。すると、娘はひどくビックリして、「えーっ!? それはなんていうか、確認してたっていうか……“こっちが自分のママだよな?” っていう、指差し確認みたいなものだよ。あっ、あとね。遠慮してた。春ちゃんのこと“お母さんって呼んでいいのかな? 迷惑じゃないかな?” って思ってたよ」と言われて、今度はこっちがビックリ。

なんだか結構な、すれ違いっぷりだったみたいです。

画像: 「親を呼んでこい!」と言われて、 「私」参上!

 

Composition:Yoshiyuki Shimazu

 

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