画像: 子育て、私の場合。
作家・山崎ナオコーラさん【後編】

日々成長していく子どもとの暮らしは、ワクワクとドキドキがたくさんつまった、かけがえのない幸せな時間。1人1人個性が異なるように、子育てのスタイルだって、親子の数だけ違っていい。分かりあうことだけが存在する世界でなくてもいい。

昨年、37歳で第一子を出産し、出産・子育てエッセイ『母ではなくて、親になる』が多くの人たちの深い共感を呼んだ作家、山崎ナオコーラさんに、今の毎日の生活や、子育てする中で感じていることついて話を伺った――。

 

▼前編はこちら 

 

上を目指さなくてもいい
夫に教えてもらった新たな価値観

それまで充実した人生を送っていればいるほど、もし出産したら、自分の生活はどんなふうに変わってしまうのだろう? と不安に感じる人はけっこう多い。現在、子どもとの暮らしを満喫している山崎さんも、かつてはそのひとりだった。

 
「私も独身時代が長かったので、ひとりでカフェやバーに行くとか、ひとりで海外旅行するとか、どんどんやるタイプだったんです。でも、子どもを生んだら不思議と、どこかに出かけたいという欲が全然なくなってしまって。

別にバーに行かなくても、旅行しなくても平気。子どもと川沿いを散歩しているだけで、ものすごく楽しいんですよ(笑)。

私は免許を持っていないし、夫もペーパードライバーなので、うちは車を持っていないんです。
子連れだと、電車で出かけるのって大変じゃないですか。だから休日は、つい散歩。天気が良い日に散歩していると、ちょうどいい気温とか日差しって、こんなにも人を幸せな気分にさせてくれるんだ、って思いますね」
 

今のところ子育てに関して大きな悩みはないと言うが、ただ、こと仕事に関しては、話は別。一般的に “出産したら、子どもが可愛くて仕事どころじゃない” と感じる人は多いかもしれないが、山崎さんは「命に関係しない日常のことだったら、赤ん坊と仕事に優劣はつけられない」と、エッセイの中で言い切っている。

 

「子どもを持つことを選んだ」という科白に嫌悪感があるのは、つい言い訳に使ってしまいそう、という理由もある。

自分の仕事が上手くいかなくなったときに「仕事ではなく、子どもを選んだからだ」と自分を納得させてしまったら良くない。

「子どもで幸せになれるから、仕事では幸せになれなくてもいい」なんて思いたくない。

私は決して、二足の草鞋は履いていないし、二つの道も見ていない。私は自分にとってのひとつの道を進んでいると思う。
――「母ではなくて、親になる」(河出書房新社)

 

仕事で悔しいことがあって、思わず子どもの前で感情を吐露したことも。

「子どもが月齢4ヵ月の頃、仕事でちょっと悲しいことがあって、子どもの前でウーッウーッと泣いたら、子どもが『あはっあはっ』と笑い出したんです。

あ、まだ泣き顔と笑い顔の区別もつかないんだな。じゃあ、子どもの前で泣いても、笑ってくれるんだな、と思っていたんですよね。それで、子どもが1歳の頃、また仕事で悲しいことがあったので、ウワーンと泣いたら、今度は子どもも一緒にワーッと泣き出しちゃったんです。

1歳を超えて、人が悲しんでいることが分かって、自分も悲しいと思えるようになったのかもしれないですね。こうなると、さすがに仕事で悲しいことがあったからって、もう子どもの前で泣いちゃダメだなと思って。そういえば、それ以来、泣いていないですね。え? 夫の前では泣かないですよ。恥ずかしいですから(笑)」
 

幸せに対する山崎さんの価値観を変えてくれたのは、もしかすると、出産より結婚のほうが先だったかもしれない。

競争というものに興味がなく、のほほんとマイペースに生きている結婚相手は、作家デビュー以来、常に上を目指してがんばってきた山崎さんに “多様性” を大事にすることを教えてくれた人だ。

 
「書店業界って、今ちょっと不況なので、書店員の夫のお給料はあまりよくないんですけど、夫はすごく満足して生活しているんですよね。

夫が言う『本屋には売れる本だけじゃなくて、売れない本も置かないと、多様性の肯定ができない』という話にも、あ、本当にそうだなと思ったりして。

私自身、作家になって、結婚しても、そんなに本が売れているわけじゃないし、どちらかというとマイナーな道を歩んでいる気がしていて。そういう意味では、たぶん私たちは、今ちょっと言葉がすたれているかもしれないですけど、いわゆる “負け組” みたいな感じだとは思うんですよね。

でも、夫を見ていると、たとえ世間一般的にはメインの道じゃなくても、仕事にやりがいを見出して、本人が楽しんでやっていれば、『仕事が好き』、『大事な仕事です!』って、堂々と言っていいんだ、ということを強く感じるんです。主婦の方も夫より収入が低いからって自分を卑下する必要はないと思うんです」

 

「子どもを持つことを選んだ」
という言葉への嫌悪感

画像: 「子どもを持つことを選んだ」 という言葉への嫌悪感

文学シーンの隅っこで、細かな仕事をするだけでも立派ではないか。これまでも、文学史に残らない仕事をした文学者はたくさんいた。

そういう人たちはいなくても良かったのかというと、そんなことはない。仕事の痕跡は残っていなくても文学史の流れを変えている可能性がある。泡のような仕事に、一所懸命になることはかっこいい。
――「母ではなく、親になる」
 

子どもを産むと、いろんなことをあきらめなくてはいけなくなる、とはよく聞く言葉だ。もちろん、すべてをあきらめることなく、必死にがんばり続けることも、ひとつの素敵な生き方である。

でも “あきらめ” という、一見ネガティブにとらえられがちなことが、実は決してマイナスではなく、長い人生では時に大切な要素であることも分かった。

 
「もう自分には “勝ち組” みたいな人生はない、と思うと、いろんなことがあきらめられるようになりました。確かに私の選択によって、子どもの選択は狭まっているという面はあると思うんですけど、私はそのへんもけっこうあきらめちゃっていて(笑)。

夫は高卒なので、夫を見ていると、いい大学に行ったり、いいお給料をもらえる会社に入ったりしなくても、知的な生活はおくれるし幸せになれるんだということがよく分かる。 

だから、子どもに対しても、自分の価値観を大事にできる人になるとか、自分の好きなものを自分で見つけられるとか、それこそ本を読むとか、そういうことができるようになったほうが幸せになれると思えるようになりました。

夫のおかげで、独身だった頃より視野が広がって、ラクになった。あきらめたおかげで、なんかすごく幸せになっている気がするんですよね」

 

親だけが影響を与えるわけじゃない
子どもの社会はすでに始まっている

画像: 親だけが影響を与えるわけじゃない 子どもの社会はすでに始まっている

多様性といえば、ジェンダーに対する意識も、山崎さんの作品のテーマのひとつ。エッセイ『母ではなくて、親になる』というタイトルにも、世の “母親らしく、父親らしく” といった社会的な役割のイメージに縛られず、自分たちらしい親になりたいという想いが込められている。

山崎さんが、子どもの性別をあえて公表していないのも「将来、本人が今の性別とは違う性自認を持つ可能性がある」という理由のため。子どもの性別は、子ども自身のプライバシーだととらえている。

 
「女の子だから、男の子だから、という区別のされ方に、私が違和感を抱いていたのは小学生の頃からですね。女性らしさを楽しめる人もいるけど、私は苦痛だった。

それは別に教育でそうなったわけではなく、生まれつきなんじゃないかなぁという気が、私の場合はしています。でもそれを何歳くらいで意識するかは、人それぞれなのかもしれない。初恋が18歳くらいの場合もあるかもしれないですしね。 

私が性別らしさを大事にしないことが、子どもにも影響を与えてしまう部分はあると思います。でも、そのうち子どもが集団生活を送る中で、学校の先生やいろんなお友達から影響を受けて、性別らしさを身につけていく可能性のほうが高いと思うんです。

もしかしたら、子どもは性別らしく過ごすのが好きなタイプかもしれないですし。それはそれで全然かまわない。それが社会だと思うので」
 

“女の子は女の子らしく”、“男の子は男の子らしく” といった世間から強要されるような性別イメージの “泥” がつき、子どもが苦しんでいたら、その都度、自分が泥を洗ってあげればいい。

逆に自分が子供を汚していることもあるかもしれない。でもそれは、保育園やその他、家ではない場所で洗い流してもらえるかもしれない。たとえ親であっても、自分の考え方を子どもに押しつけないようにしたい。そんな心がまえは、出産の頃から芽生えていた。

 
「私は帝王切開だったので、そもそも子どもの誕生日がお医者さんのスケジュールの都合で決まるんですね。さらに、帝王切開は出産というよりも、完全に手術という印象で。

子どもは私の力じゃなくて、お医者さんや看護師さんなど、いろんな人たちの力を借りて生まれた、とすごく感じたんです。つまり、親の私がコントロールすることは、けっこう少ない。もうすでに子どもの社会は始まっているのかも、って。

だから、これからも私だけが子どもに影響を与えるわけじゃなくて、いろんな人が影響を与えてくれる。それによって、子どもの性格や考え方も決まっていくんだと思います。
子どもがすごく傷つくとか、いじめにあうとか、そういうこと以外は、私の思い通りじゃない育ち方をしても、のびのびと自由に放っておきたいなと思います」
 

それでは、あえて親として子どもに「してあげたい」と思うことは? という質問を投げかけると、山崎さんは笑顔でこう答えてくれた。

 
「とにかく、おなかいっぱいにしてあげたいですね。それぐらいはできるかもしれないって。今、子どもはまだ1歳なので、食べられないものが多いじゃないですか。だから、大きくなったら、お菓子を一緒に焼こうとか、受験勉強のときに、おにぎりを作ってあげたいとか、そういう夢はいっぱいあります」

Photo:Masaru Furuya Text:Keiko Ishizuka Composition:Shiho Kodama
Special Thanks:Title (http://www.title-books.com/)

 

PROFILE

画像: PROFILE

山崎ナオコーラ Yamazaki Nao-cola

1978年、福岡県生まれ。2004年、会社員をしながら執筆した『人のセックスを笑うな』(河出書房新社)で第41回文藝賞を受賞し、作家活動を始める。

2017年、『美しい距離』(文藝春秋)で第23回島清恋愛文学賞受賞。小説に『ニキの屈辱』、『ネンレイズム/開かれた食器棚』(ともに河出書房新社)、『ボーイ ミーツ ガールの極端なもの』(イースト・プレス)他多数。エッセイ集に『指先からソーダ』(河出文庫)、『かわいい夫』(夏葉社)、『母ではなくて、親になる』(河出書房新社)などがある。10月に初めての絵本『かわいいおとうさん』(こぐま社)を刊行。

 

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