美しさが、凄みを増している。若い頃も綺麗だったけれど、今年42歳になる彼女の風貌には、大人の華やかさと、知性と、品格が加味され、何より生命力に溢れている。それは、日々を重ねることを心から楽しんでいるからこその成熟。彼女の話を聞いていると、知性と経験こそが、女にとっての最高の美容液だとわかる。

 

“目には見えない事柄”を
大切にしていきたい

画像: シャツ¥18000、パンツ¥25000/ともにシンメ その他スタイリスト私物

シャツ¥18000、パンツ¥25000/ともにシンメ その他スタイリスト私物

「イイ女は、笑顔の種類が多いんだ」

1年半ほど前、FRaUのインタビューページで、アラーキーこと写真家の荒木経惟さんに、女優の樹木希林さんを撮影してもらったことがある。あとで荒木さんに樹木さんの印象を聞くと、冒頭のような答えが返ってきた。

笑顔の種類__。恋人に向かってする媚びるような微笑みもあれば、家族に対する慈愛の笑みもある。安心の笑みもある。笑顔を向ける対象によって、種類が変わることもあれば、何かを思い出して笑ったり、褒められて照れ笑いをしたり、時には泣き笑いだってする。歳を重ねることは、笑顔の種類を増やすことなのかもしれない。そんなことを、荒木さんの話を聞いて思った。

板谷由夏さんのインタビューでありながら、最初に荒木さんの話をしたのには、理由がある。板谷さんは、昔から荒木さんの写真の大ファンで、昨年、10年ぶりにフォトセッションが実現した時、由夏さんは、写真を撮られながら泣いてしまったのだそうだ。

「私は、普段から “言葉にはできない事柄” や、“目には見えない事柄” を大切にしたいと思っているんですね。あ、霊感とかオカルトとか、そういうことじゃないですよ(笑)。写真を撮られていても、フォトグラファーがかけてくれる言葉とか、目の前で繰り広げられている光景以外の、もっと深いところにある “心の交流” みたいなものを受け止めたいなって思うんです。

多分あの時も、荒木さんと心で “交信” した気がしました。そして、荒木さんに撮影していただいている幸福と、それが永遠じゃないことへの切なさが、一気に気持ちの中にこみ上げて、泣いてしまったんじゃないかと思います」

 

画像: “目には見えない事柄”を 大切にしていきたい

サバサバしているように見えるけれど、実は由夏さん、なかなかのセンチメンタリスト。心の片隅にいつも、切なさの欠片を握りしめているようなところがある。それは、小学生の時から、ずっと転校を繰り返して来たことからくるのかもしれない、と彼女は言う。

「見知らぬ学校へ転校して、1年してやっとそこに馴染んで、友達と仲良くなれたところで、さよならのときが訪れる。『ああ、このお友達ともいつかさよならする時がくるんだなぁって常に思っていたので、諦めているわけじゃないけど、一点の曇りもない純粋さでその時を楽しめるような、無邪気な子供ではなかったかもしれない。

もちろん、転校生でも、馴染んでくると楽しいし、自分が転校生ということを忘れている瞬間もあるんですよ。でも、そんな時に友達から、『由夏ちゃんって、仲良くなっても、いつかどこかに行っちゃうんでしょう?』と聞かれて、ハッとしたり。

なので、転校するのが当たり前になってからは、大げさに言えば “死生観” のようなものを、自分の中に持つようになったのかもしれません。全て物事の先には終わりがあるということ。全ては永遠じゃないんだということ。でも、だからこそ、今を大事にしなきゃいけないんだと思ってました。それは、小さい時からそうでした。

ただ、私が、終わりを想像して動く体質になったことに、子供の頃の転校が関係していたと気づいたのはここ10年ぐらい(笑)。20代の頃は、『なんで私はこんなにいつも切ないんだろう。孤独なんだろう。寂しがり屋なのに、一人の時間が好きなんだろう。一体なんでなんだ?』って悩んで、アワアワしてましたから(笑)。それで周りの人に迷惑をかけたことも多々あります(苦笑)。

大人になるって素晴らしいですよ。だんだん、脳みその成長が肉体に追いついてきて、30代になってやっと、『あ、そういうことなんだ』って、内面を言語化して、自分自身の長年の謎を解けるようになったりするんですから」

自分のヒストリーと、心の構造との連動具合がわかるようになった今だからこそ、荒木さんとのフォトセッションでも、荒木さんの愛のエネルギーが、10年前よりずっとずっと強く、心に迫ってきたのだという。

 

20代の時、大人の女性に言われた
身体も心も元気でね、って

そんな流れで由夏さんは、自らの20代の時のことを振り返る。

「一言で言って、20代はキツかった(苦笑)。頑張んなきゃって肩肘張って、虚勢も張って、理想ばっかり高いんだけど、その理想に気持ちも身体も追いつかなくて、ムキになっていろんなことをやればやるほど雁がん字じ搦がらめになったりして。当時、大人の女性によく忠告されたんです。『身体も元気で心も元気、じゃないとダメだよ』って。でも、20代の時は、そう言われても、多少の無理はきくし、『え、だって元気だもん!』って思って、身体と心が繫がってることに、無自覚でした。でも、そうしたら20代の後半に、ついに身体が悲鳴をあげたんです。急に身体を壊しちゃって……。そこからは、肉体的には健康体をめざしながら、内面の部分で、背伸びしたり、見栄を張ったり、肩肘張って無理してた自分を、心の襞からベリベリって剥がして、みんな丸めてポイッて捨てて(笑)。以来、私は、身体の声をよく聞くようになりました」

 

自分と会話できる人のことを
カッコいいと思う

さて、冒頭で、荒木さんの言葉を借りて、イイ女とは笑顔の種類が多い女であるという説を説いたが、板谷由夏という人は、とにかくよく笑う。樹木さんに比べたらずっと若いので、笑顔の種類が多いかどうかはともかく、笑いの音の数は、ビックリするほど多彩だ。豪快なアハハにヒャハハ、ちょっと奥ゆかしい感じのふふふ、うふ。照れ隠しのようなキャハ、えへ。よく澄んだ、透明感のある声で響かせる笑い声は、まるで音楽のよう。叩けば笑い声の鳴る打楽器? それとも押されたツボに応じて高音も低音も自在な弦楽器? 呼吸音と混ざる軽快な笛? どの例えが一番ふさわしいかはわからないが、とにかく何やらイイ音の鳴る楽器のような人なのである。打てば響く、なんて慣用句もあるが、まさにそれは由夏さんのためにある言葉だ。

「もともと、インタビューされるのが好きなんです。実は、26歳ぐらいの時かな。雑誌の取材で、“将来なりたい女性像”を聞かれて、私は、『自分と会話できる人がカッコいいと思います』って答えました。私は、すっごいカッコいい女の人が、部屋の隅で、黙って何か考え事をしている、その感じを見るのが、以前からすごく好きだった。さっきの身体との対話の話じゃないですけど、自分を大事にできる人、孤独に耐えうる人、寂しさを知っている人じゃないと、自分と対話はできないと思うんです。ちゃんと、自分の心の声を聞ける、大人の女性じゃないと。でも、実はその時のインタビューで聞かれるまで、自分がどんな女性に憧れているかなんて、自覚したことはなかった。だから、自分で口にして、ハッとしたんです。『そうだよね、私が好きな女の人って、そういう人だよね』って。書くこととはまた違って、何か聞かれて、自分の気持ちを言葉という音にすることで、自分の潜在意識みたいなものが、確認できる。だからインタビューはすごく好きです」

 
自分の好きな女性像に気づいて以来、何か決めなければならないこと、考えなければならないことがあると、由夏さんは意識して、自分に問いかけるようにしている。「これ、どう思う?」「どうかな?」と、自問自答しながら、身体や心の音を聞く。自分でも、思いもかけない音が鳴る時もある。そして彼女が何より素敵なのは、年齢を重ねるとともに、鳴り響く音色を増やしていっていることだ。

 
現在、9歳と5歳の男の子を育てている由夏さんだが、20代の時には、これといって結婚願望はなかったのだという。「将来結婚して子供を持とうとか、そういうことは何も考えてなかった……!」と、過去の自分を振り返る彼女は、どこか申し訳なさそう。世間一般の女性たちが思い描く幸福な40代のライフスタイルを、存分に満喫しているように見える割に、本人は、「流れに任せていたらこうなったまで」というような主体性のなさがまたユニークだ。では、由夏さんはなぜ結婚をし、子供を産む決意をしたのだろう。女優といえば人気商売、その後の仕事に何か影響があると考えたりしなかったのだろうか。

「ちょうどその話を昨日、主人としたばかりなんです」

 
相変わらず軽快な口調で、彼女は続けた。

「東京から結構離れた場所に自宅があって、仕事の時は、夫婦揃って車に乗って東京まで出勤することも多いんです。昨日は、主人が体調が悪かったので、私が車を運転していたのですが、突然、彼が私に言ったんです。『10年前、由夏は仕事もあったのに、よく子供を産もうと思ったよな』って。朝からすごい話をするなと思いました(笑)。私たちは、ちゃんと大恋愛をしていたけれど、長男を授かるまで、結婚という話は出ていなかった。私の妊娠がわかった時初めて結婚しようという話になったんです。私は、だから長男に呼ばれたとしか思えない。その時も言いました。『私たちは呼ばれたんだよ』って。私は、基本、何事も受け身体質なので、流れに身を任せることしかできない。でも、時が来たら、勘を働かせ、自問自答して、ちゃんと後悔しない決断をしてきました」


この子は、友達とさよならすることはないんだな

物事の終わりを、さよならの瞬間を、常に心の片隅で想像してしまう。そんな子供時代を送ったおかげで、由夏さんの心にピッタリと張り付いてしまったセンチメンタリズムは、子供ができたことで消えたりすることはなかったのか。そのことも聞いてみた。

「結婚して子供を産むまでは、なんとなく地に足がついていないというか、どこかフワフワしている感覚はあったんです。友達にもよく言われました。『由夏って凧みたい。手を離したら、すぐどこかに飛んで行ってしまいそうな感じがする』って。小さい時に転校を繰り返したおかげで、ずっと同じ場所にはいられない体質なのかも、なんて自分でも思ったりしました。でも、長男が、小学校に入ってからずっと同じ学校に通っているのを見ると、『ああ、この子は、仲良くなった友達とさよならすることはないんだな』なんてしみじみしてみたり。今ちょうど、根付いた土地が故郷になっていく感覚が、私にも出てきたところです。もともと、私にとっては、故郷っていうのは、お父さんとお母さんがいる場所で、地名じゃないんです。でも、息子たちには今住んでいる場所が故郷になる。それを考えると不思議だし、私も、子供が生まれたことで、今住んでいる場所に根が生えていくような、そんな予感はありますね。まだ実感じゃないところが、残念なんですけど」

 
生きていくための自問自答は、今もまだ続いている。まるで性癖のように、切なさと刹那の瞬間を愛してしまう彼女は、圧倒的な幸福を体験した瞬間に、それがいつか失われてしまうことを想像して、泣きそうになる。

「子供と一緒にいると、本当に楽しくて幸せな瞬間というのが、たびたび訪れます。でも、私の場合、『あー、幸せーっ』って痺れるような幸福を感じながら、次の瞬間に、『あ、でもいつかこの幸せを手放す時が来るんだ』って気づく。そうすると、『はーっ……』って、幸せと同じぐらいの悲しみが押し寄せるんです(苦笑)。だから、今一番苦しいのは、家族との幸福な思い出が増えること。言葉で説明してもわかってもらえないかもしれないけど、私の中には常に、相反する二つの感情が共存するんです。幸福が大きければ大きくなるほど、悲しみも大きくなる。だから苦しい。……本当に、自分でも面倒臭い女だと思います(苦笑)。そうは見えないから、そこも厄介で。でも、しょうがないんです。そういう性格なので。幸福だけにどっぷり浸かることは、さすがにもう諦めてます……。ふぅ(苦笑)」

 
文字にすると、つい(苦笑)が多くなってしまうけれど、そこは笑い上手の由夏さん。ややこしい話をしても、別段重たい雰囲気にはならず、揺れる感情の表現には、ちょっとした一人芝居を見ているような華やかさがある。結局、想像力や感情の振り幅の大きさは、俳優として役を演じるために不可欠な才能でもあるのだ。そして、それは子供時代のタフな環境をサバイブしていくために培われた能力だったとも言える。

「子供たちのおかげで、私の中にある孤独が軽減されたということはないけれど、毎日、私が生きる意味はもらっている気がします。というのも、子供たちの日常が、私が生きてることの代弁になっているから。私が朝ごはんやお弁当を作って、衣類を洗濯して、子供たちと会話する中で、子供はすごいスピードで成長していく。それが、私の毎日を表現してくれている。子供たちを見ていると、私の毎日はムダじゃないって思えるから、それはすごく私にとっての励みになっています」

 

40歳になる時、受け身じゃない
何かを始めていたかった

由夏さんは現在、SINMEというファッションブランドをプロデュースしている。30代も後半になった時に、彼女は思った。年齢を重ねることに抵抗はない。でも、今の受け身な自分のまま、40代を迎えてしまったら、自分は成長できないのではないだろうか、と。

「40歳を迎えたときに、何をやっているかを考えなきゃって思ったので、その時は、ちょっと焦りました(笑)。でも、38で2人目を産んで、子育てをしている時も企んではいたんです。そろそろ次の一歩を進まないとダメだぞ、って。女優の仕事は常に受け身で、台本を渡され、プロデューサーや監督やスタッフの方の仕事で、ゼロから何かを生み出したことがないのはよくないと思った。じゃあ何が自分にできるだろうと考えた時、浮かんだのが洋服だった。洋服は、小さい頃からずっと好きで、雑誌も好きで。私が10代の頃はスーパーモデルブームだったから、奮発して洋雑誌を買っては、ケイト・モスの瞳の奥に、フォトグラファーやメイクさんが映っているのを見つけて、『このたった一枚の写真を、どんな風に撮影しているんだろう?』って、あれこれ想像していました。身長も、ケイト・モスが170cmだっていうから、『それくらいなら、私もありますけど』って思って(笑)。まずは自分ができそうなモデルから入ったんですが、もともとファッションが好きなだけではなく、裏方志向でもあるんです。それで、40になったらファッションブランドをやろうと決めて、ファッションで、昔から変わらず好きなのは何かなと自問したら、ジーンズとシャツに行き着いた。ジーンズとシャツなら、70になっても80になっても着られますよね。それで、『いくつになっても“新芽”が出ますように』という想いを込めて、ブランド名を、“SINME”としました」

 
ムクムクと湧き上がってきたエネルギーを、具現化するパワーが生まれたのは、ある意味年齢の賜物であると由夏さんは言う。

「若い頃は、具現化する術を知らなかったのか、単にパワーが足りなかったのか、人間力が足りなかったのか。そこはよくわからないですが、40というのが、自分が本気でやりたいと思ったことを形にできる年齢なのは確かです。周りの友達にも結構いるんですよ。それまでは、上司の庇護のもと、上の人に引き合わせてもらったり、引き立ててもらう立場だったのが、年下の仲間や部下を従えて、自分たちでお店を始めた人が。面白い年齢になってきたと思います」

 
ちなみに彼女が、日常生活の中で一番好きな場所は、キッチン。ご飯を作る時だけでなく、ものを考える時も、キッチンに立つ。そこで自問自答すると、スーッと心が澄んでくる。

「故郷を持たない私の、絶対的な居場所として気持ちが落ち着くのは、何と言ってもキッチンです。それに、私の役割にはベースに“母ちゃん”があるので、子供たちにご飯を作らないといけないし(笑)」

 

PROFILE

板谷由夏 Yuka Itaya
1975年生まれ。’94年からモデルとしての活動を開始し、’99年に『avec mon mari』で映画デビュー。その後多くの映画・ドラマで女優としての経験を積む傍ら、『NEWS ZERO』(日本テレビ系)ではキャスターを、『映画工房』(WOWOW)ではMCを担当。最近では『セシルのもくろみ』(フジテレビ系)での演技が話題に。また、’15年には自身のファッションブランド『SINME』をスタート。私生活では2児の母でもある。

FRaU11月号より一部抜粋

Photo:Saki Omi Hair&Make-up:Haruka Yuki Stylist:Hirohiko Furuta Text:Yoko Kikuchi Composition:Sachico Maeno

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