「自分がされて嫌なことは他の人にしない。自分がされたら嬉しいことを他の人にもする」
これは、僕が長年、自分の行動原理としていた信条だった。

小さい頃に母親や学校の先生から言われて、「なるほど」と納得して、そのように行動していた。
この考え方に反対する人は、ほとんどいないと思う。

でも、この考え方じゃうまくいかないのではないか?と最近、思いはじめている。

この信条を守っていても、僕と社員の関係も、妻と息子の関係も、理想からはほど遠い(妻の信条をしっかりと確認したわけじゃないのだけど、自分だったらしてほしいと思うことを息子にもしている気がする。僕と妻がうまくいくのは、お互いの「してほしいこと」が偶然一致していたことが大きいのだろう)。

妻も息子もお互いによかれと思って行動しているのに、お互いイライラしている。

社員の誰それと誰それの仲がしっくりいっていない理由は何かということを社で相談して夜を過ごしたかと思えば、朝は妻と息子が怒鳴りあっている声で目覚める。どちらもどんな理由か聞いたのだけれども、あまりにもささいなことすぎてまったく思い出せない。「公文をやってるのに話しかけたからやる気がなくなった」「そんなやる気がなくなるようなことを話しかけてないでしょ」ということを怒鳴りあっているのである。

ベンチャーを経営するっていうのは、どんな戦略をたてれば誰も思いついてないことをできるのかを、日々考えて過ごすのだと思っていた。家族の方に関しては、僕も3人兄弟で過ごした子供時代があるので、想定内ではだったのだけど。

現実は、家の外でも中でも、「一体、どうやったらみんなは仲良くなるの?」ということばかり考えている。自分が誰かと仲良くするのは、そんなに難しいことじゃないのだけど、誰かと誰かに仲良くしてもらおうと思うと途端に難しくなる。
 

画像: #7 やっぱり息子は他人

そもそも人は、なぜ揉めるのか?
自分と同じ考え方をしているだろうという期待があるから、齟齬が起きる。しかし、他人と自分は、違う人間だから、思考回路が全く違う可能性がある。たとえ親子であっても、違う人間であると理解できると、無用な期待をしなくなる。このことは、理解できそうで、なかなか心からは理解できない。

株取引を例えに考えてみると、真逆の考え方をする人がいるということが、すごくしっくりくる。『インベスターZ』という投資をテーマにしたマンガの編集をしていた時に、そのようなことをよく考えた。

株の売買が成立するということは、ある銘柄を「今売った方がいい」と思う人と「買った方がいい」と思う人が同時に存在するということだ。つまり、同じものをみて、全く逆の考え方をする人がいる。

株の場合は、この理屈をすっと理解することができる。でも、日常の生活だとなかなかそれが理解できない。さらに家族だと、より理解できない。顔や行動をみていると自分の分身のように感じてしまうから、違うとわかっていても、似ているだろうと期待してしまう。

僕の会社では、ストレングスファインダーという「強みの活かし方」がわかるウェブテストと、ヒューマンロジック研究所のFFS理論(簡易テストはこちらのサイトで見ることができる。http://president.jp/articles/-/9400を使って、他者への理解を深めることにした。

天候を知りたければ、気圧や気温といった数値を利用した観測データで予測をする。人も自然と同じで、情報量が多すぎるものを漫然と観察していても正しく理解できない。一度、いくつかの指標を中心に情報量を減らして、そこから推測すると見えてくることがある。

それで、びっくりしたことがある。僕は、何かをやる時に、人に報告することほど面倒と思うことはない。あるプロジェクトがストレスフルな時に、上司に言って欲しいことは「自由にやれ。責任はとるから」。その一言に尽きる。

「自分がされて嬉しいことを他の人にもする」が信条だった僕は、社員が困っている様子をみると「自由にしていいよ」と毎回声をかけていた。ちょっといいことしてるぜオレ、と得意になりながら。しかし、FFSの結果をみて僕はひっくり返った。

ストレス状態の時に「自由にしていいよ」と言われてやる気がでる人は、全体の35%で、残りの65%は「定期的に進捗管理を一緒にするために、定例会議をしよう」のほうがずっと嬉しいのだ。僕はそんなことを言われたら、即座にその会社をやめる。それぐらい僕にとっては嫌なことだ。しかし、世の中の多くの人がそれを求めている。

自分が嫌なことだから、すごく抵抗感を覚えながら、あるとき恐る恐る言ってみた。すると、今までどれだけ(僕的には)手を差し伸べて、協力しても、全く感謝をしなかったメンバーが、満足をしたのだ。自分がされたら嫌なことをして、感謝をされる。なんとも居心地の悪い現実なのだけど、他人は自分ではないのだ。僕はそのことを受け入れた。

それで妻にも、息子と妻はすごく違う思考の持ち主である可能性があるのではないかと、かなり気を遣って伝えた。妻はすぐに簡易テストをやって、息子の結果と自分の結果が違うことを確認した。そして、息子がどうされると否定されていると感じるかを理解した。妻は自分にとっては誠実な話し方が、息子にとっては人格否定につながると理解して、すこし話し方を変えた。そうすると、なんとなんと、朝の我が家の怒鳴りあいがなくなったのだ。

家族でも、同じ釜の飯を食う仲間でも、他人は他人、自分とは違う思考の持ち主だ。僕の最近の信条は、「自分のこだわりは気にせず、他人が喜ぶ方法をとる」となった。

Illustration:Kinosita Sinya

 

ご感想や応援メッセージ

掲載作品に対するご感想や応援メッセージが、こちらの送信フォームよりお送りいただけます。

なお感想以外のご質問、ご意見、ご要望、苦情などは、このフォームからお送りいただいても返信、対応ができかねますので、あらかじめご了承ください。

メッセージ送信にあたり、当社の個人情報保護方針をご確認ください。
講談社プライバシーポリシー

This article is a sponsored article by
''.